『ディクテ』にみる身体と発話
松本 昨年9月に松田くんの演出した『ディクテ』(注1)を見てね、それがちょうどウチ(維新派)が琵琶湖でやった『呼吸機械』(注2)の仕込み中で、一番佳境の時でね。でも、話には聞いていたし、テキストも読んどったし、どうしても見に行かなあかんと思った。ただそのとき『呼吸機械』の方は、まだ台本が書けてなくて、劇場は半ば出来てるわ、役者は役者で稽古してるわで、八割方はできてるんですけどね。でも、最後の二割どうするからなあっていうのがあって。でも『ディクテ』は観にいって、すごくよかった。あれを観てなかったら、もう少し『呼吸機械』はインスタントに作ってしまったと思うんですよ。残りのリスクの闘い方をね。どうしても維新派の場合は、野外で演って、琵琶湖との闘いとか、セットがどこまでできてるかとか、音楽の問題とか、役者の問題以上に考えないかんことがたくさんあって。最初は役者論みたいなものをすごく丁寧にやっていくんだけど、その辺のことって無意識のうちになくなっていくところがあるんだけどね。役者の問題って微妙なところがあって、面倒くさいなあ、って感じになるときがあってね。
そういうときにあの作品を観たおかげで、こりゃ、やっぱり役者をさぼったらあかんなあ、とすごく感じた。『ディクテ』の終演後は、さっさと帰ったと思うんだけど、松田くんに一言だけ言った記憶がある。「ほんと丁寧に作ったねえ」って。よくあそこまで丁寧に作ったなあ、というのが印象でね。それをしっかり言う時間がなかったんだけど、刺激を受けて、自分では戒めというかな、ちょっと役者も最後まで見なあかんと。それも積極的な意味でね。それが『ディクテ』の最初の正直な印象ですね。
松田 2008年は二作品(『血の婚礼』(注3)、『ディクテ』)を演出しましたが、二作品とも自分の戯曲じゃないものをやりました。これまでそういうことはほとんどなかったんですよね。ですから、僕は丁寧っていわれたのは本当うれしいですね。だいたい戯曲書いて作っていると、自分の頭の中に構想があって、そのことを俳優といろいろやりながら、だんだん指示していくところが多々あるんですけど、『ディクテ』の場合はほとんどノープランで、ずっと「あーだ、こーだ」と俳優と試していきました。
松本 松田くんの作品を見るといつも思うんですけど、身体がものすごいダンス性をもってる気がするんですね。もしダンスを身体論の延長で、そこにステップつけたり、ターンをつけたり、あるいは飛んだりすればダンスができるというようなことがあるとしたら、やはり身体に対する見つめ方っていうことがどれだけ深く内面的にあるかっていうのが、ダンスの基本やと思うんだけれども。特に『ディクテ』の場合は、振付とか音楽がどうのこうのっていうことよりも、ベッドの間を動いているというだけで、人間の身体って観るに値するな、っていう。いろんなものがそこには出てくる。ただ歩くだけ、上げ下げする、ベッドに座る、ベッドの上に胡坐をかくとか、そういったものをいちいち観てるだけで僕はすごく面白かったですよ。身体って面白い、深いっていう感じを改めて思いましたね。役者が試していかなあかんことっていうのは、生身の身体をさらけ出して、その身体を観ようとする観客の視線との絡みの中で、身体論みたいなもの、ダンスへの可能性、演劇への可能性みたいな部分を大事にすることやっていうのがね、何でもないシーンだったと思うけど、パッと見えてね。
松田 『ディクテ』では、「発話」ということも意識しましたね。発話するということが、言葉を吐く、単に息を吸いこんで吐くという、よく考えてみると大変なことじゃないと思い込むためのレッスンのような。
声を出すというのは、単に息を入れて出すだけなんだという単純なことが、すごいたいそうなことになってしまう、というようなこと。それを一回考えてみたかった。
発話するのはできるけど、文字をオーラルとして言葉に持っていくのが不得手な人がいるっていうのもそうですが、文字がなければどれだけ楽か、文字を発話化することが実はどれだけ困難なことかと。『ディクテ』は、まさにそれについていっているんじゃないかと思います。その国の言葉、例えばフランス語だったら、“h(アッシュ)”という言葉は発音しないけれども、でもディクテーション(書き取り)するときは、“h”を書かないと正解とはならない。それが、ひとつの抑圧に変わってくるわけだから。文字がなければ、人はこんなに楽なのに、というのもあるだろうし。反対に、文字だけ読んで発話せずに文字だけで自分の中にしまって置くことというのはどういうことか、とも思いますし。
つまり、文字と発話との関わりを、簡単に自明なものとして、だいたい共有している人たちがいればしゃべれるじゃないか、という人がいるかもしれないけど、その中ですごくつらい思いをしている人もいるんではないか。そういう思いが生まれてきたのが、『ディクテ』というテキストとの出会いだったし、それがまたこの作品との関わり方だったんです。
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