マレビトの会では、山口情報芸術センター[YCAM]滞在制作作品『PARK CITY』を、山口情報芸術センターにて8月28日から30日に、滋賀県のびわ湖ホールにて10月24日25日に上演いたします。本作では、東京・新宿のphotographers’ galleryを拠点に活躍する若手写真家、笹岡啓子さんとの共同作業を通じて、作品づくりを行っていきます。
笹岡さんの写真集と同名タイトルの新作『PARK CITY』のテーマは、戦後、PARK(公園)を中心に復興した都市「広島」。自身の故郷でもある広島の写真を撮り続けている笹岡さんと、劇作・演出家の松田正隆による対談を掲載いたします。


 

 

注1:ヴァルター・ベンヤミン[Walter Benjamin,1892〜1940]
ドイツの思想家•評論家。ユダヤ神秘思想とマルクス主義とを背景とする独得の思想を展開し、神秘的洞察力に満ちた多くのエッセイを書いた。1933年ナチスに追われてフランスに亡命、さらに追われてピレネー山中で自殺。主な著書に『複製技術時代の芸術』『ドイツ悲劇の根源』『パサージュ論』など。

 

 

 


写真を撮る、裏切りの装置

松田 最近デジカメを買ったんですね。よく散歩にカメラを持ち歩くようになって。笹岡さんと一緒に作品を作ることになって、少しカメラと写真のことを考えようと思ったんです。そんなに詳しいわけじゃないですけど、昔から写真は好きだったんです。写真って何だろうっていう思いが常にありました。
今回、写真をする人と写真について考えながら演劇を作ろうとするならば、一度少し写真をやってみようかなと思ったんです。空いた時間に、暇にまかせて、街を歩いて写真を撮る。ちょっと自分が気になったら、何も考えずに撮ろうと思ったんです。それで、後で見返してみると、まず最初に思うのが、自分の肉眼でみたときと、つまり、こういうふうに撮れるんじゃないかという予測とだいぶ違いますね。それが不思議だな、と思いました。どうして違うように思えるのか、と。
笹岡さんは、つまらないかもしれないけど一応撮っておこうと思ったものが、面白かったりすることもありますか?自分の肉眼とか、主体とかを裏切る装置として、おそらくカメラってあるのかなっていうのがあります。現実を現実を切り取るといっても、切り取るのはカメラの方なわけですから。写真を撮るときに、あたかも撮る主体があるかのような言い方があるのだけど、なんかそれとも違う。撮られた写真の方から、はっとさせられる。そんな感じがしたんです。笹岡さんは、写真をどういうふうに撮ろうと思うんでしょうか?たとえば、大きなモチーフが、今回の場合『PARK CITY』というのがあって、撮る動機みたいなものがあって、具体的には街へ行って撮るわけです。そういうときに、そのモチーフと合っているから「これいいな」って思って撮るのでしょうか?

笹岡 なぜそこか、なぜいまか、というのは自分では説明しにくいですね。いま松田さんが、気になるものを何も考えずに撮ったと言われましたが、私も同じです。気になるものを撮っていく。頭ではなく身体が気になるものというか、身体が反応したらというか。とにかく撮っておいて、後で選びます。撮っているときは面白いと思っていたものがつまらなかったり、撮ったことも覚えていないようなものがおもしろかったり。『PARK CITY』は、特に広島という場所がモチーフというか前提としてあるわけですけど、撮っているときは同じです。特に『PARK CITY』に関しては頭で考えて始めると撮れなくなるんですが、もう9年くらい撮っているので最近はどうしても考えてしまって、それを振り払うのにイライラしたりうんざりしながら撮っています。

松田 写真家の創作の部分って何なんですかね?創作部分っていうのは、インスピレーションってことなんでしょうけど、写真の場合は、それがそのままにはならないってわけですよね。もちろん変化していくことはあるだろうけど、大半の創作活動は、脈絡をつくって、創作動機と最終的な作品のイメージみたいなものが、だいたい合致したもので完成させていく。それに対して、一瞬にして、写真を撮る、カメラのシャッターを押すっていうときの、写真家の創作しているところ、クリエイティブな部分って何なのでしょうか?

笹岡 最終的にはプリントや展示という仕上げの部分で重要な創作がありますが、その前に、私の場合は、撮る量と、それだけ撮った中から選ぶこと、選びの部分でしょうか。選ぶためには量がなければできない。量がある程度ないと方向性や身体性は出てこない。デジカメではなく、いまだにフィルムなので、馬鹿だなあと思いながら、お金を投げ捨てているかのような気持ちでかなりの量を撮ります(笑)。デジカメは撮ってすぐ見られるので……。

松田 デジカメは、違うなって思ったら消しちゃいますからね。

笹岡 その部分が、まだ自分の身体性には合わなかったりするのかもしれないです。撮った後のタイムラグ、撮ってから選ぶまでの時間差がないですからね。だからあえていうとしたら、私にとっての創作の部分というのは、いまのところ選びの作業なのかもしれないですね。

モノの言語——公園の言葉——

松田 創作というのは、現実を引用する、その切り取り方で判断をしているのだと思いますが、でも、ここに焦点が合っているっていっても、それ以外の部分がみえてくる。そっちの方が面白くなってくる。「こんなものが写っていたんだ」という部分ですね。人の表情を写しても、「こんな表情だったんだ」という不思議な感じになるときがある。
たとえば、笹岡さんは『観光』というシリーズで写真を撮られていますが、観光地なんかにいくと絵葉書がある。京都にいったら絵葉書を買って、京都を納得するために、名づけるとでもいえばいいのか、「京都ですよ」っていう典型的な風景を手に入れる。でも、観光っていいながら、あの写真をみても判断がつかない部分がどうしてもある。笹岡さんの写真をみていると、その部分に気づかされるんです。『PARK CITY』にしてもそうです。
広島の表象をする場合にも、どうしても広島の原爆都市の部分を想起させるような、それをみて納得できる、名づけることができるような、脈絡ができるような、意味づけのためにある写真があります。けれど、笹岡さんの写真は、見えてくるまで時間がかかって、見えてきたって思っても、そのあと単純に納得いくようには写真ができあがっていない感じがします。そこが魅力だと思うんです。

笹岡 そう言っていただけるとなんだか嬉しいです。広島や長崎、原爆というものをテーマとした写真の先輩たちはすでにたくさんいます。だからというわけではありませんが、たとえば、平和を訴えるとか原爆という出来事を忘れないようにしましょう、という目的での制作は、私がすることではないと思っています。むしろ、これまで名づけられてきた広島が抱えている二重性みたいなことに興味があります。長崎がどうなのかということは、後で松田さんにお話をお聞きしたいんですけど。たぶん、そこに住んでいる人にはあまり自覚がないけれど、かと言って外の人もなかなか気づくことができない。そこに住んでいて外に出た私だからこそ感じることができるもの。言葉にするのももどかしい微妙な二重性なんですけど、すごく重要なことだと感じています。

松田 この前、広島を案内してもらったでしょう。慰霊碑の前のほこらみたいなところを覗きましたよね。あれは、追悼のためにある「わかる」風景です。そのほこらからの眺めの方へ、平和資料館や原爆ドームのうしろ、橋を渡って、市民球場の方へと歩いていく。すると、かつて、原爆スラムがあったところに、広大な何もない空間、まさにPARKが広がる。とたんに、さっきまでわかっていた、腑に落ちる場所から腑に落ちない場所へ移ってしまう。「何でこんなに空間が空いているんだろう」って思ったときに、公園それ自体が持っている言葉みたいなものが、浮かび上がってくる気がしました。公園言語って言っていいのかはわからないけど。
さっきまでの記念のための、メモリアルのための言葉たちは、「わかる」んだけれど、電車道を渡った向こう側、公園、さらに向こう側には居住空間が広がっている場所へ行くにしたがって、言葉にならないような感じがある。行き場がないこの空間をどう理解していいのかわからないということ、それ自体が、笹岡さんの写真には写っている気がしたんですね。そこはかつて原爆スラムだったところを再開発して、なおかつ残ってしまったところです。その来歴みたいなものはわかる。わかるんだけど、それだけでは現在あそこに足を踏み入れたときの不安感、腑に落ちなさはわからない。「ぽっかり」しているっていったらいいのかな。確かに、きれいで、風も吹いていて、気持ちよくて。でも、都市の真ん中にこんなところがあっていいのかなって感じるわけです。
ドイツ思想研究者で詩人の細見和之さんが、地震のときには地震の言語があるってことを書いている書物を読んだことがあるのですが、もっとも、こういった言語一般があるってことは、ヴァルター・ベンヤミン(注1)が言っていることらしくて。たとえば、私が「コップ」っていうことができる、そういった人間の言語とは異なる、事物なり出来事なり、たとえば地震がおこったときの言語がある。つまり、人間は地震のときにすぐその出来事を言語化できない。もちろん、その雰囲気のことをいろいろということはできる。怖かったとか、それぞれに証言はできるけれども、実は違う言語として、襲い掛かってくる言葉がある。なかなかそれを人間の言語には翻訳し得ないんだけれども、それをなんとか分かるように翻訳したりするのが、詩だったり、美術だったりする。笹岡さんの写真に感じたのは、そういう翻訳家としてのものなのかもしれません。
原爆の言語を翻訳しているというよりも、あの公園の言語とでもいえるような言語を翻訳している。原爆後にできてしまったぽっかりと浮遊してる落ち着かない感じが、『PARK CITY』の言語ではないか、PARKの言葉ではないか。それがあの空間には実は満ち溢れている。それを翻訳するために笹岡さんの写真があるって具合に。勝手な解釈なんですけど、そう思ったんですね。
カメラにおさまったものをみたときに、腑には落ちないんだけれど、何か訴えかけてくるものがあるっていうことです。それをまた言葉にするのは、むずかしいですね。

笹岡 公園の言語……。私の写真が翻訳の役割をできていれば嬉しいですね。やはりあの場所は不思議な場所であるような気がしたんです。

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