TRAILER

INTRODUCTION

マレビトの会では、これまで「広島」「長崎」「福島」という未曾有の体験を経た都市の過去と現在を複眼的に捉え、演劇作品を制作してきた。今回発表する、映画『広島を上演する』に続き、同タイトルの演劇作品も今後創作する予定である。”被爆都市”として語られる大文字の歴史ではなく、そこに住まう人々の、歴史から零れ落ちる日常の時間を描くことで、広島の「いま」を捉え、核の脅威と映像の時代における「ドラマ」と「上演」の新たな可能性を探る。

今回、マレビトの会にプロジェクトメンバーとして劇作家や俳優の立場で参加してきた4人の映画監督が、それぞれ作品を創作する。映画作品『友達』『ジャンヌの声』を監督した遠藤幹大、映画『螺旋銀河』『王国(あるいはその家について)』を監督した草野なつか、映画『ユートピアサウンズ』『私は兵器』を監督した三間旭浩、映像作品『庭をめぐる対話』を監督し、北村明子ダンス作品『To Belong』では映像を制作した山田咲。

それぞれが広島に赴いて取材を行い、創作した映画作品を短編集として上映し、多角的に広島の現在を切り取る。現実とドラマ、上演と映画の関係を批判的に捉え直す類例のないプロジェクトが始まる。

MAREBITO

マレビトの会

2003年、代表・松田正隆により演劇カンパニー「マレビトの会」設立。舞台芸術の可能性を模索する集団として、2011年まで京都を拠点に活動。2004年5月に第1回公演『島式振動器官』を上演する。2007年に発表した『cryptograph』では、カイロ・北京・デリーなどを巡演。2009、2010年に広島・長崎をテーマにした「ヒロシマ-ナガサキ」シリーズ(『声紋都市-父への手紙』、『PARK CITY』、『HIROSHIMA-HAPCHEON:二つの都市をめぐる展覧会』)を上演。2012年、東京へ活動拠点を移し、『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』を発表。2013年より長崎・福島・広島の三都市をテーマとする長期的な演劇プロジェクト(「上演する」シリーズ)を開始。

STORY

しるしのない窓へ

三間旭浩

夜の住宅街を散歩していると目につくのは、煌々と光る「窓たち」の姿だ。窓の中の、誰とも知らない人々の生活を想像しながら歩くのは楽しい。缶ビールでも飲みながら。他の何にも似ていない日常が、そこでは繰り返されている。

私は映画を制作するにあたり、広島市街に滞在し毎日のように川沿いを歩いた。川はいくつもの「窓たち」の姿を反射させ、眩いほどに光を放ちながら瀬戸内海へ向けて静かに流れていた。かつて、その「窓たち」が一瞬にして光の中に消えていった事実を思いながら、ひたすら川沿いを歩き続けた。そこから掬い取ったイメージを元に、断片的な詩を書き、映画のプロットを立ち上げていった。

日常とは楽しいことばかりではない。それでも、窓の中の風景が、あらゆる暴力と対極に位置する場所として存在し続けることができたら、と思う。

広島市内のアパートで生活を共にする真琴と純平。真琴はライターの仕事を、純平は服を作る仕事をしていた。生活の合間を縫って詩を書いていた真琴は、大学生の友人・宇美と、広島の川をモチーフに詩を共作し始める。川のように流れ、循環する「窓の中の生活」へ向けて。

ヒロエさんと広島を上演する

山田 咲

「歴史的事実」を知ることは、必ずしも学びや発展や繰り返し防止につながらない。制作の過程で触れた無数の人が生きた証しは、わからなさの壁になって自分をとりまき続けている。

わからないものをわからないまま受け入れることはできるのか?その時にはもう今の自分はいないだろうが、知る、にはこの道を通るしかないかもしれない。

形作ろうとする「私」を脇において、広島で生きた誰かと一緒に歩きながら、見たり聞いたり撮影したり編集したりして作った作品です。

広島での原爆投下時に爆心地から約1kmで胎内被曝したヒロエが、自身として、自身の母として、そしてある人生の語り手としてカメラに向かって語る。2022年12月の撮影時に窓の外から見えた広島市街の風景は、「その後」を今日まで生きた彼らの視線と語りによって、幾層にも重なりを成して現れる。
この映画は広島、長崎から被爆者が誰もいなくなる時代には、どのように語り継ぐ事ができるのか、語り聞く主体は誰なのかという問題意識から生まれた。
原爆投下とその後のあらゆる被害は、現在の私たちの足元まで地続きで人間性への深い疑いの溝として続いている。自らを支える自然環境や関係性を破壊し統制することで、人間であることを保持してきた我々は、どのように見て、どう聞けば良いのか。最も若い被爆者とともに問う作品。

夢の涯てまで

草野なつか

「葬い」の記憶について。過去の災禍に思いを馳せること。遠く離れた土地の戦禍について想像力を働かせること。身近な人の死を受け入れ、いや、受け入れられずとも前に進んでいくこと。たとえ立ち止まってしまったとしても日々を過ごしていくことに意味があり、生活のなかで何かが見えてくるかもしれない。

自分の中にある、宝物のような葬いの気持ちを大切に磨いて、磨いて、誰かに託す。そんな気持ちでこの作品を作りました。また、今作を作るにあたって大切な記憶を作品に差し出してくださった出演者の皆さんには感謝しかありません。ありがとうございました。

アーティストのよしみさんは仕事の傍ら、家で絵を描いたり陶芸を作ったりして毎日を過ごしている。大切な存在を喪ったばかりである彼女は、その整理が未だつかないままでいた。「喪失」とどう向き合い折り合いをつけていくか模索をする女性と、彼女を取り巻く人々や出来事を淡々と描いた小品。

それがどこであっても

遠藤幹大

演劇にはその場所にいながらにして、異なる場所や時間についての想像力に働きかける作用があります。

本作では、マレビトの会がこれまで行ってきたクリエーション(「一つの都市を複数の作家が取材し、戯曲を執筆して上演を行う)と同様に、出演者の一人である西山真来さんに依頼して実際に広島市まで足を運んでもらい、その旅程の中で見聞きしたことをワークショップ上演として発表してもらいました。

西山さんが広島市で実際に体験した出来事と、戯曲として圧縮された上演空間(間引かれた風景)の中で演じられる「広島」の劇中の出来事を比べた時に、どのようにイメージが省かれ、また加えられるのでしょうか。

被曝都市についての劇を見るという体験は、見えたものよりも、見えなかったものの多さに圧倒される体験になるはずです。

或る劇団が広島についての演劇作品のリハーサルを行っている。その作品で音響スタッフとして参加している難聴の青年が、上演の準備のために東京の郊外にフィールドレコーディングに向かう。さまざまな環境音を記録しながら散策しつづけるうちに、思いもよらない音を聞き取り始める。

DIRECTORS

三間旭浩

1985年、京都府生まれ。京都造形芸術大学映像・舞台芸術学科卒業。卒業制作の中編『消え失せる骨』がイメージフォーラムフェスティバルにて優秀賞を受賞。2012年、東京藝術大学大学院映像研究科監督領域を修了。修了制作として初長編作品『ユートピアサウンズ』 、2016年に長編第2作『私は兵器』を監督。マレビトの会には『福島を上演する』(2018)で俳優として参加している。

山田 咲

1980年、東京都生まれ。東京藝術大学大学院映像研究科修了。2008年よりフリーランスの映像作家およびダンスドラマトゥルクとして活動。2014年よりマレビトの会に参画。2016年より京都にて国指定文化財庭園の活用・ブランディングを行う。日本造園学会賞、グッドデザイン賞受賞。2022年より再生可能エネルギー事業会社にて広報・ブランディングを担当。2023年に岩手県遠野市に移住。近年の映像作品に『庭をめぐる対話』がある。

草野なつか

1985年、神奈川県⼤和市出⾝。東海大学文学部文芸創作学科卒業後、2014 年 『螺旋銀河』で⻑編映画監督デビュー。⻑編監督2作⽬となる『王国(あるいはその家について)』はロッテルダム国際映画祭、山形国際ドキュメンタリー映画祭などで上映されたほか、英国映画協会が選ぶ「1925〜2019 年、それぞれの年の優れた⽇本映画」の 2019 年で選ばれるなど、期待の俊英として注⽬を集めている。

遠藤幹大

1985年、三重県生まれ。京都造形芸術大学映像・舞台芸術学科卒業。2013年、東京藝術大学大学院映像研究科監督領域を修了。同大学院の修了制作として制作した長編映画『友達』(2013年)が国内外の多数の映画祭で上映される。主な映画作品に『ジャンヌの声』(2014年)、『燃えさしの時間について』(2017年)がある。