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アンティゴネーへの旅の記録とその上演

マレビトの会を振り返る vol.7

  • ポッドキャスト

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犬飼:
「〈マレビトの会ポッドキャスト〉進行させていただく犬飼勝哉(いぬかい・かつや)です。そして、マレビトの会代表の松田正隆(まつだ・まさたか)さんです。」

松田:
「よろしくお願いします。」

犬飼:
「マレビトの会に俳優として出演されています、生実慧(いくざね・さとし)さんです。よろしくお願いします。」

生実:
「よろしくお願いします。」 

犬飼:
「同じくマレビトの会に俳優として出演されています、西山真来(にしやま・まき)さんです。よろしくお願いします。」 

西山:
「よろしくお願いします。」

犬飼:
「そして、マレビトの会で劇作や制作などを担当されています、三宅一平(みやけ・いっぺい)さんです。」

三宅:
「よろしくお願いします。」

犬飼:
「この5名で〈マレビトの会を振り返る〉と題しまして、マレビトの会のこれまでの活動や講演の話をお聞きしています。
マレビトの会は8年ぶりの新作公演『皿の上の見えない人間 Invisible woman on the plate』を2026年3月に上演予定です。新作公演に向けてマレビトの会のこれまでの公演を振り返っております。」

犬飼:
「第7回目をやらさせていただきます。前回は「マレビト・ライブ」という、2011年から2012年にかけての作品群をお聞きしたんですけども、今回はその続き。そのスタイルを継承した作品かもしれないですけど『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』という作品のお話をお伺いします。」

『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』(2012年上演)

『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』舞台写真
『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第二の上演

犬飼:
「この作品は2012年にF/T(フェスティバル/トーキョー)で上演されているんですけども、それは〈第二の上演〉ということなんですよね。」

松田:
「いやいや、全部通して、」

犬飼:
「それも含めて。〈第一の上演〉と〈第二の上演〉とも、」

松田:
「うん。」

犬飼:
F/Tのサイトにあった概要を読んでみると、分かりやすいかなと思ったので、用意したんですけども。
〈国家に背いて死んだ兄の遺体を、法を無視して埋葬するアンティゴネーは、敵/味方、死者/生者といった境界を揺るがす象徴的な存在。架空の劇団が『アンティゴネー』を携え福島へ向かうー という本作の設定は、3.11以後に露呈した社会の亀裂、境界線の曖昧さを改めて見つめ直す意味を持つ。この夏(2012年)から始まる”旅公演”はブログ、ツイッターなどのウェブ上の痕跡を通じ、現実界に現れる。そしてF/T12の公演で初めて、俳優たちは観客の前に姿を現す。数々のテキスト、音響による上演、そして演技を通じた”旅”の再現。虚実入り交じるさまざまな報告への試みが、未知の風景、言葉への回路を開く。〉
というふうに書かれています。これを読む限りだと、通常の公演じゃなさそうなんですけど。」

松田:
「そうでした。」

犬飼:
「そもそもどういうところから始まったのか、始まりから聞いていきましょうか。」

松田:
「フェスティバル/トーキョーの相馬(千秋)さんからオファーがあって。」 

犬飼:
「はい。相馬千秋さんですね。」

松田:
「2012年で、何をしようかみたいな。震災後に何をしようか、ということになって。〈N市民〉(「マレビト・ライブ」)の上演の経験もあったので、その流れで作品をつくろうと構想した、という感じですかね。なんといっても福島の原子力発電所で事故が起こって、福島という町が汚染されたことが決定的でしたね。」

『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第一の上演
『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第一の上演

犬飼:
「はい。」

松田:
「私たちはずっと長崎・広島を題材にしてきたので、もうひとつの被曝都市が生まれたんだと思って。”被曝”の字は違いますけど。戦争による原子力被害というわけじゃないですけど。
ただ、いろいろな意味もあって、福島という場所がああいう状況になった。日本のこれまでの歴史とも繋がってくるなという。それは圧倒的な東京という都市と、それを見えない部分で支えている地方都市、地方という町のあり方みたいなこともあって。そういうことを演劇でつくりたかったというのもありましたね。
そういうことを私たちも広島・長崎を上演する中で、ずっと試みてきたところもあって。その手法で、福島をどういうふうに表現できるか、演劇で表現できるかというのがあって。」

『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第一の上演
『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第一の上演

松田:
『アンティゴネー』という題材は、震災があって、津波の被害があるけど、福島の相馬の海岸線に無数の遺体がある、津波の犠牲者が捜索できない状況にある、汚染地域なので人が入れなくなって。そのこととアンティゴネーの兄の埋葬ができない状況は繋がるなというのがあったので、ソフォクレスの『アンティゴネー』を上演する劇団を、架空の〈パトリオット劇場〉という劇団を想定して、物語をつくっていったって感じかな。
でも複数の物語もあって、そういう軸線もあるけど。他にも高円寺での日常のストーリーもある。」

『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第一の上演
『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第一の上演

犬飼:
「ストーリーラインの一つの軸として、『アンティゴネー』を携えて、福島に向かう劇団の話があって、東京での話だったりとか、バイト先の話とか。
そういったものがブログ上で語られたりとか、ツイッターとか、音声メディアだったり、YouTubeだったり、当時のネットの、もちろん今もありますけど、メディアで、ブログだったら日記のような形で、その登場人物がウェブ上に公開していく。」

松田:
「出来事も都内をはじめとして起こしていって。福島まで旅をする話もあったんですけどね。」

犬飼:
「ということは前回の「マレビト・ライブ」的な感じで、実際の上演も断片的な上演が各地で起こりつつ、」

松田:
「予言のツイッターがあって、グーグルマップとテキストが、前日の晩ぐらいに打って、」

犬飼:
「どこどこでやります、という。」

松田:
「でも観客は来ても来なくてもいいって思ったし、むしろ来なくて大丈夫だと思ってやりましたね。」

犬飼:
「F/Tの実際の上演はどこでしたっけ?劇場は。」

松田:
「にしすがも創造舎。」

犬飼:
「にしすがも創造舎での公演、〈第二の上演〉が最後にあって。この作品は拝見してないんですけど、噂に聞く限りだと、また展示型というか、『HIROSHIMA―HAPCHEON』以降の展示型の上演形式で、それぞれの俳優たちが旅を思い出す姿を見るという上演形式。」

『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第二の上演
『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第二の上演

松田:
「そうですね。」

犬飼:
「つまり思い出している人が点々といて、それを観るという形に、最終的になったということですね。」

松田:
「ちょっと奇妙な作品でしたね。」

犬飼:
「奇妙ですよね。」

松田:
「まあ、立ってるだけですからね。」

犬飼:
「情報がいろいろあって、どういう上演だったのかなとマレビトの会のウェブサイトだったりF/Tを辿ってみると『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』特設サイトがあって、登場人物たちの投稿が見られるんですけど、ブログサービスが終了していたりとか、」

松田:
「ああ、もうね。」

犬飼:
「終了してないのもあって、断片が見えたりして、その人たちの日常もありつつ。僕が個人的に思ったのが当時2012年の(風景が)こんな感じだったな、というのがガーンと起きて、ブログサービスも終了して、昔になってしまっている。震災直後のあの頃の風景がタイムカプセルのようになってたんですけど、それが本編とは関係ないところで、」

松田:
「息畝(登場人物の名前)のサイトは残ってるんじゃない?」

三宅:
「残ってます。」

犬飼:
「登場人物の、」

松田:
「息畝実(いきうねみのる)という。」

ikiune diary 日々の出来事
「ikiune diary 日々の出来事」より

犬飼:
「ツイッターとかブログの使い方も当時のままで。それも面白いというか興味深いというか、懐かしい。切ないに近いかもしれないですけど。」

松田:
「ツイッターも全部残ってるんですか?」

三宅:
「ツイッターは見れなくなってるものが結構あります。(※ 訂正:2026年2月現在は閲覧可能)」

松田:
「我々の予言のツイッターは残ってる?」

三宅:
「予言はマレビトでやったので、おそらくマレビトの公式のアカウントをたどれば見られると思います。(※ 訂正:アカウント名「アンティゴネーへの旅の記録とその上演」(@JourneyAntigone)で予言ツイートを行っていた。)」

犬飼:
「全体像がすごく掴みづらい作品だなと思って、いろいろ調べてたんですけど。」

松田:
「そうですね。まあ、本にまとまってはいますけど。」

犬飼:
「ああ、そうなんですね。 」

松田:
「本もつくってる。」

犬飼:
「最後の〈第二の上演〉が思い出すだけだった、という。それを口伝で聞いていて。なんなんだって。」

松田:
「それはどういう噂だったの。なんかちょっと負のイメージ?」 

犬飼:
「そこまでいったかみたいなニュアンスだったかもしれない。突き詰めたらこうなるのかみたいな。」

『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第一の上演
『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第二の上演

松田:
「ちょっとトゥーマッチな感じですか。」

犬飼:
「トゥーマッチというか、限界までいったとか言ってたのかな。舞台上ではパフォーマンスがおこなわれるものだというのが常識としてあったからこそ〈思い出すだけ〉というのは、」

松田:
「お金取りますからね。」

犬飼:
「もちろんもちろん。」

松田:
「金返せって感じでしたよ。」

犬飼:
「お金を取ることが重要なんじゃないですか。上演なので。」

松田:
「まあいちおう上演だとは思ってたけどね。」

犬飼:
「それを上演という形式に当てはめるからこそ意味がある気もしますし。ただ〈噂に聞く〉という公演ですね。情報だったりコンセプトだったりが複層的に流れてるので、こういう風でしたとは言えないというか、全体像がつかめないものになったなと思ったんですけど。どうですか。参加されていた方の話を聞きながら、隙間を埋めていきたいなと思います。」

松田:
「(三宅氏を示して)演出部で関わった、」

三宅:
「ああ、」

犬飼:
「三宅さんからお伺いしますかね。演出部として、作品に初めて関わられた?」

三宅:
「そうですね。この作品からマレビトの会の創作に関わり始めて。先ほど概要を説明していただいた通り、〈第一の上演〉と〈第二の上演〉があって、〈第一の上演〉は「マレビト・ライブ」のような路上演劇と、ウェブサイトによって展開される日常の記録、という感じでしたね。
〈第一の上演〉について言うと、出演者が、それぞれ担当の役を演じるので、その役として二ヶ月から三ヶ月間を、SNSでの展開とか、路上演劇が始まる開始から〈第二の上演〉と呼ばれる体育館での思い出す行為という上演まで、個人個人が役を演じつつ、実際にブログを書く、ツイッターを投稿するという感じでした。」

『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第一の上演
『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第一の上演

三宅:
「松田さんが書いた路上演劇のテキストは、散発的におこなわれるんですけど、それこそ〈あいだ〉を埋めるじゃないですけど、あいだを埋めるのは、出演者がブログなりツイッターなりで、テキストと関係ないこと、関係はあるんだけれども具体的には書かれてないことまで含めて、描写する。
出演者の実際の生活と、役として生きる生活が密接に重なり合う時間だったのかなと思います。
〈第二の上演〉は、にしすがも創造舎という、学校の体育館だった場所で上演されたんですけど、スポットライトのような形で想起するための空間が、仕切りとかはないんですけど、場所が用意されていて、照明が当たるところに出演者が入っていって想起をするという形です。
〈第二の上演〉自体はすごく長くて、時間が正確に思い出せないんですけど、1日ずっとかけてやるような上演で。出演者もずっとはいられないですよね。身体的、物理的に難しいので、タイムラインを決めて、」

犬飼:
「シフト制?」

三宅:
「そうですね。シフトを決めて、何時何分になったら、その人が入るとかっていうのが決まってました。」

三宅:
「観客には見られないんですけど、何を思い出すかも、いちおう約束事として(決まっている)。」

犬飼:
「自由じゃないんですね。」

三宅:
「一応そうですね。」

犬飼:
「頭の中が規定されているというか。」

三宅:
「体育館ではそういう上演があって、学校なので校舎もあって、校舎では荒木優光さんの音響作品も上演されていました。」

音響作品『横断の調べ』〜福島の海岸へ釣りに行った男〜、〜煙にまかれたジュークボックス〜
音響作品『横断の調べ』〜福島の海岸へ釣りに行った男〜、〜煙にまかれたジュークボックス〜

犬飼:
「つまり〈第一の上演〉をやっている間の数ヶ月間はブログを投稿しなきゃいけなかったってことですよね、出演者の方は。現実と演じているものが日常的に混ざり合う状況になるんですかね。
生実さんはどうでした?その期間はどのように過ごされていたんですか。」

生実:
「うーん。ブログ書くのがなかなか。三宅さんと相談しながら、」

三宅:
「そうですね。最初の方はそんな感じですよね。私もテキストを書いて、生実さんが写真を送ってくれたりしながら。でも最終的には生実さんが基本的には書いてました。」 

犬飼:
「いわゆる、今で言う〈中の人〉は、2人だったり、複数人いるケースもあったわけですか。」

三宅:
「他の出演者の人はなかったような気もしますね。そういうブログとかツイッターに関して。」

犬飼:
「なるほど。本当に今で言う〈中の人〉って感じですね。」

松田:
「なんですか、〈中の人〉って。」

犬飼:
「ツイッターの企業アカウントとかで、ツイッター担当の人のことを〈中の人〉と。たぶん着ぐるみを想定してるんだと、着ぐるみに中の人がいるじゃないですか。その〈中の人〉みたいな感じで、ツイッターを運用する。」

松田:
「タレントが一人いて、そのタレントの〈中の人〉がいるってことね。」

犬飼:
「タレントというか企業(のアカウント)が多いんじゃないですかね。」

松田:
「ああ、企業のね。」

犬飼:
「その期間って、どんな状況で、どんな気持ちだったんですか。」

生実:
「うーん、どんな気持ちか。」

松田:
「福島で数日滞在してたんですよね。」

生実:
「滞在しましたね」

犬飼:
「あ、(ブログを)読んだかもしれないですね。」

ikiune diary 日々の出来事
「ikiune diary 日々の出来事」より

生実:
「〈第二の上演〉は、もはや報告でもなくなって、〈想起〉を報告みたいな感じになって。過去の出来事を思い出すってなかなか。良い/悪いがないと思うんですけど。雲をつかむ思いに感じまして、」

犬飼:
「確かに。」

生実:
「これ思い出せてんのかな、って自問自答を。」

犬飼:
「ああ、ちゃんとできているのか?と。途中で違うことを思い出しちゃったり?」

生実:
「でもそうなっちゃうのが多分、」

犬飼:
「ああ、普通はそうですよね。」

松田:
「それはそれでオッケーとしてましたね。」

犬飼:
「「ああ、(他ごとを考えて)いけないいけない。」みたいなことはないと。」

松田:
「思い出し方がいくつかあって。僕が見た限りですけど。」

犬飼:
「人それぞれで。」 

『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第二の上演
『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第二の上演

松田:
「じっと思い出す人と、その時の身振りになる人がいて。」

犬飼:
「つまり、動きに現れているのか、頭のなかで、」

松田:
「思い出し笑いをしたり。出来事の人に近い動きをする人と、思い出して笑う人と、ほとんど内在化して黙ってる人と。」

犬飼:
「なるほど。生実さんは?」

生実:
「身振りとかを、こう、こういう動きしたしたような。」

犬飼:
「じゃあ身振りタイプという。タイプとかじゃないのか、」

松田:
「まだ(それほど)顕在化してはいないタイプだったと思う。島(崇)さんがね、表に出してたよね。 西山さんは衣装を着たりしてましたよね。」

西山:
「そうでしたっけ。そうだったかもしれません。」

犬飼:
「ちなみに西山さんは、どういう人として?」

松田:
「高円寺のほうになってもらいました。」

犬飼:
「先ほどの話でいくと、東京での日常の?」

西山:
「東京での日常。」

犬飼:
「ちなみに生実さんは何の役だったんですか?」

生実:
「僕は、劇団にいる女性に想いを寄せて、」 

犬飼:
「劇団のメンバーではなく、」

生実:
「違います。」

松田:
「〈パトリオット劇場〉の〈雲雀うめ美〉っていう、アンティゴネー役の、牛尾(千聖)さんがやってるんですけど、その人に一目惚れしちゃって。自分なりの『アンティゴネー』をつくるって言い出して、」

犬飼:
「あ、劇団とは別に、」

松田:
「お前らのアンティゴネーは違うぞ、みたいな。ストーカーまがいの変な人になっていくような、」

『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第一の上演
『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第一の上演

犬飼:
「それで福島に行って、滞在して。 」

松田:
「滞在して。」

犬飼:
「西山さんは福島に行ってない人で?」 

西山:
「行ってない人です。東京で。ストーカー、私もストーカーしてます。」

犬飼:
「多いですね。そういう人が。」

松田:
「いちおう両方で。相似形にしてみました。」

犬飼:
「西山さんの声のデータを聞いた気がしたんですけど。」

西山:
「ああ。 」

犬飼:
「どこかからアクセスして、音声データが聞こえて。」

西山:
「あるかも。」

犬飼:
「1分か2分ぐらいの音声データを聞いた気がするんですけど、」

西山:
「私、結構オンライン活動をがんばってて、かなりエスカレートしました。武田暁さん(が演じる人物)をストーカーする役だったんですけど、めっちゃ写真とか撮って、窓越しに見える影を撮ったりとか、めっちゃ面白くなっちゃって。演劇の書かれてる日以外の時も、前のめりに気持ち悪い感じのブログを書いてて、」

〈わたし〉のブログより
〈わたし〉のブログより

犬飼:
「熱がこもっちゃったんですね。」 

西山:
「熱がこもっちゃって。 その人(演じる人物)はね、ストーカーした末に、」

三宅:
「夢の中で、」

西山:
「そうか、夢の中で刺しちゃったりする役だったんですけど。」

犬飼:
「加害性のある役、」

松田:
「夢の中で西山さんが刺すんだ。」

西山:
「私が中本(章太)君(が演じる〈木ノ下くん〉)を刺すんだ。違ったっけ。」

三宅:
「夢の中で刺すのは(武田暁さん演じる)〈色山さん〉かな。」

西山:
「あ、そうだ。〈色山さん〉が刺すんだ。そうだそうだ。」

松田:
「血だらけで倒れてたよね。」

犬飼:
「西山さんが血だらけになる?」

松田:
「いやいや、あの中本くんが、」 

西山:
「武田さんと付き合ってる設定の人。」

犬飼:
「その人に対して、その刃物を。」

西山:
「刃物を向けたのは、でもよく考えたら、武田(暁)さん(が演じる人物)が、」

松田:
「それは誰の夢?」

西山:
「(西山さん演じる)〈わたし〉(という役名)の夢ですか?誰の夢だったんだろう。」

犬飼:
「そういうストーリーがあるわけですね。」

松田:
「血だらけになったよね。部屋が。」

犬飼:
「入り込んだ?」

西山:
「入り込んだとまでは、言い過ぎてますけど、すごい面白くなっちゃって、めちゃくちゃ(投稿を)あげてました。自分の食べた目玉焼きとかも、〈わたし〉っていう役だったんですけど、〈わたし〉の気持ち悪い朝ごはんとして載せたり、」

犬飼:
「目玉焼きは気持ち悪くないと思いますけど。」

西山:
「めっちゃ楽しかったですね。」

松田:
「〈わたし〉のブログは残ってるよね。」

『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第一の上演
『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第一の上演

三宅:
「〈わたし〉のブログはGoogleのブログで残っていて。上演されたテキストも見られます。いま確認すると、〈色山さん〉が包丁を持って、血だらけの〈木ノ下くん〉の死体がある。〈わたし〉は〈色山さん〉を助けに来ましたと。〈わたし〉の妄想の中ですね。」

西山:
「ブログでいま読めたとしても、絶対読んでほしくないです。 」

犬飼:
「あんまり調べないほうがいいですね。」

松田:
「でも、それは西山さんじゃないから。」

犬飼:
「日常化するわけですよね。〈演じる〉というのが。」

西山:
「そうでした、そんな気がしますね。まだ東京に出てきたばっかりとかもあって。」

犬飼:
「西山さん自身が。」

西山:
「そうなんです。東京の生活がないところに、先にそっちの生活ができたみたいな。」

犬飼:
「それで〈第二の上演〉はどうだったんですか。」

西山:
「あんまり覚えてないんですね、〈第二の上演〉のほうは。さっき言ってた、(想起の仕方として)言葉を言ったりとかの話でいうと、お客さんが見てるから〈なんかやった方がいい〉みたいな力もちょっとある気がした。」

『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第二の上演
『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第二の上演

犬飼:
「期待されてるのを感じてしまって、」

西山:
「〈思ってるだけでは、(ダメ)〉みたいな。そういう力が全くなかったかと言われれば嘘になる感覚があった気がして。その後も、演劇をやる時にちょっと気にします。いま人がいるから、このくらいのパフォーマンスになってる、という力学が働いてるなとか。」

犬飼:
「ちょっと大げさになってしまう?」

西山:
「とか、逆のこともあるし、ちょっと考えたりするようになったかもしれないです。」

犬飼:
「それはつまり、西山さん自身で、(第二の)上演で、こんなに何にもなくていいのかって思ったってことですか?」

西山:
「とか、空気的に、今この空気…、とか。」

犬飼:
「まあ関西人的な、」

西山:
「かもしれない。」

犬飼:
「そんなこと言うとあれですけど。」

西山:
「上演ってなんだろうみたいな。ひとつ前の『HIROSHIMA―HAPCHEON』の時は、鳥取でやった時には、それぞれが(美術館の展示室のような)個室の(中でパフォーマンスをする)時間があって。(観客が)0人の時に、自分のタイムが来たから、演技を始める時とかがあって。」

犬飼:
「はい。」

西山:
「その時は、人がいる体(てい)で、単独で展示人形としてやったんですけど。『アンティゴネー(への旅の記録とその上演)』の時は、もうちょっと緩やかっていうか、感覚的な話ですけど、見る/見られるについても、そこまでなきものにはしてない感じが、ちょっとあった気がします。」

『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第一の上演
『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第二の上演

犬飼:
「ということは、お客さんが近づいてきたら、パフォーマンスがやや過剰になるってことですか?」

西山:
「とか、自分がいま何を考えてるとか、どのくらい集中してるかを、自分で自分をスキャンするのが働く感じがあった気がする。」

犬飼:
「なるほど。これも、大変な企画ですよね。演者としては。」

松田:
「コストパフォーマンス的には悪いよね。 」

犬飼:
「演者の関わる時間が、日常にも浸食しているような。」

松田:
「うん、そうですね。〈第一の上演〉は劇にたどり着けなくても、ウェブ上で事が起こってるという、そのことをものすごく感じたんですね。距離の問題をね。
僕は震災が起こった時は京都だったし、東京ほども(震災が)わかんなかったし。拠点を2012年に東京に移して、東京の人たちがかなり震災当時の実感をするのと、僕が感じるのはちょっと違ったし。それ以上に、東北の人たちのあり方、当事者っていう言葉が、すごくいろいろ考えさせられて。」

『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第一の上演
『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第一の上演

松田:
「物事が起こっていることを、ツイッターを通して知っていく経験を演劇でやってみたいというのがあって。だから〈第一の上演〉は、観客はあまり想定しないで、下手したら1時間前に予言が行われる時もあったし。福島では。ちょうど総裁選ですよね。安倍首相が、」

犬飼:
「民主党から変わって、」

松田:
「ちょうど民主党から変わる時なんですよ。総裁選を福島の上演の中に取り入れることもその場で決めたし。それを予言として出して、っていう時には、観客は誰も(いない)。福島市とか、南相馬とかはほとんど(いない)。あとは飯舘村とかね。バスでの移動の時とかね。」

犬飼:
「バス?」

松田:
「バスで移動している時も「移動する」ってツイッターで予言があったりして。そこでもいちおう上演をおこなってるんだけど。あるいは南相馬の海で、実際に〈パトリオット劇団〉の『アンティゴネー』の上演をおこなったわけだけど、朝5時に上演したりもしました。
物理的に観客が来る/来ないっていうのは、ほとんど無理だったけど、ちゃんとやるっていうか。 嘘はつかないで上演を続けることが、我々にとって重要だった、というか。
フィクションで物事を起こしていることも、ツイッターを通してしか東京ではわかんないし、ツイッターさえ見ない人たちもいるっていうような。今もガザで起こっていることと私たちの日常の関係って、そういうことだとは思うけれども。」

『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第一の上演
『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第一の上演

松田:
「それを今度は目の前で、実際に出来事を起こした人たちの生身の身体だけが目の前にあるのを〈第二の上演〉としてやってみた。出来事の当事者をフィクションとしてつくった感じがしましたね。その人たちは観客に向けて、起こったことを、つぶさに証言するわけじゃなくて、単に目の前にいるっていうだけ。
最初は、もうちょっと再現のドラマをつくろうと思ったんだけど、やっぱりつくれなかったんですよね。なんでだろうな。そういうふうに表象して見せるもんじゃないかなって。起こってしまった出来事は内面にしかなくて。
本人たちもそうなんじゃないかなっていう気がしますよね。出来事の当事者なんだけど、本当に現場にいるわけじゃないから。時間が経ってるわけで。その二重性みたいなところはあるかな。
当人たちは、にしすがも創造舎に立ってるけど、当人たちでさえ起こった出来事に対して、想起しないと自分に引き寄せられないというのは、自分の中にもう一個あるみたいな感じがあって。それを、観客が見えるっていう構造をつくったって感じかな。」

犬飼:
「その場で再現をする上演形式だとしても、起こったかつての出来事をそこで再現できているというわけではなく、体験をしていた人物と、それをかつてしていた自分と今の自分っていうのは別の人間と言えるほど離れてしまっている、」

松田:
「でも街で見かけた人ってそんな感じだよね。この人も色々あったんだろうね、みたいな感じで立ってるわけで。なんか眺めちゃう時もあるけど、ある人物を。」

犬飼:
「つまり、いろいろあったことが、このウェブメディア上で語られているのを経て、それを通してその人を見ると、いろいろあったんやねって思う、というか?」

松田:
「いや、なにか強烈な経験にはなるだろうなとは思ったんですけどね。「人間ってなー、」みたいな、それ(そんな印象)ではダメなんだろうなとは思うんですけど。」

犬飼:
「『HIROSHIMA―HAPCHEON』の話をした最後の時に、一言では言い切れないというか、いろいろなものが複層的に走っているからこそ一言では言えない、全体像がつかみにくいと言いましたけど、今回がまさにそうかもしれない。」

松田:
「そうですね。ただ、いくつか批評が残ってて、一冊の本(『在と不在のパラドックス』)の中のひとつの章で、平田栄一朗さんが観劇経験について喋ってるし、マレビトのウェブ上にも残っている。あと『ユリイカ』(2013年1月号)で、詩人の山田亮太さんが1ページぐらい書いてありますけど、観劇経験に関しては非常に面白かったですね。山田さんの文章は。ほとんど〈第一の上演〉を追っかけられなくて、〈第二の上演〉だけで観劇された人ですけれども。ほとんど人はそうだったと思うけど。」

『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第一の上演
『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第二の上演

松田:
「「マレビト・ライブ」の時はその場に行かないと、路上の演劇として観てもらったんだけど、『アンティゴネー(への旅の記録とその上演)』はむしろ俳優が経験していることが重要だった。だから、しっかりやるっていうのと、ウェブ上で告知されて、何回も数ヶ月にわたって出来事を起こしていくことが、フィクションの出来事を起こすことが、重要だった感じがしますね。」

犬飼:
「今まで話聞いてて、考えを改めなきゃいけないなと思ったのは、表面上に見えているものに着目して、今まで話を聞いていたかもしれないです。ウェブメディアに残ったものとか。むしろ出演された方がこの公演を通してどういう体験をしたか、そこに焦点を当てるべきかもなって聞いていて思いました。
他になにかあります?三宅さん。」

三宅:
「そうですね。演出部としての思い出とすれば、〈第一の上演〉の路上でする演劇では、ロケハン、どこでやるかは問題になって、かなりしっかり下調べをしてやったかなって記憶にありますね。」

犬飼:
「それこそプロジェクトメンバーが増えて、」

松田:
「そうなんですね。」

犬飼:
「大掛かりになってきてる、」

松田:
「技術的なもの、機械を扱う感じじゃなくて、もうちょっとなんだろう、」

犬飼:
「演出面での関わりが多いってことですかね。」 

松田:
「なんていったらいいのかな。なんだろうね。」

犬飼:
「ソフト的な?その前回の『HIROSHIMA―HAPCHEON』のキャプション等がハード面だと仮定したら、もう少しソフト寄りのところに規模が割かれている、ということなんですかね。」

松田:
「まあ(以前の公演も)ソフト面もありましたけどね、これまでの演出の中でも。
旅をしていかなきゃいけないので、その場その場でミーティングを重ねないと、演者に説明する前に、演出部である程度決めておかないと。」

『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第一の上演
『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』第一の上演

犬飼:
「どういったやり方がいいのか、そのポジション取り?を複数人の意見を入れて採っていったみたいな、」

松田:
「そうですね。動線も含めてね。」

犬飼:
「なるほど。語ろうと思ったら語れちゃうこの公演のことかもしれないんですけど、そろそろ、区切りをつけて。今回のポッドキャストを機会に、何かここから想起というか、振り返りがおこなわれると、いろいろまだ語れることがあるかと。一旦ここまでということにして。第7回を終わらせていただきます。」

松田:
「もう7回も。」

犬飼:
「まだ続きます。まだこれは2012年なので、まだ続きます。」

松田:
「はい。」

犬飼:
「ということで、ありがとうございました。」 


マレビトの会 新作公演

皿の上の見えない人間 OGP画像

『皿の上の見えない人間 Invisible woman on the plate』

日程|2026年3月19日(木)〜 22日(日)
会場|SCOOL(東京・三鷹)

》公演情報はこちら

》チケット予約はこちら(LivePocket)