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マレビトの会を振り返る vol.1

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犬飼:
「マレビトの会ポッドキャストを始めさせていただきます。進行させていただく犬飼勝哉(いぬかい・かつや)です。ここにはあと3名いらっしゃいまして、マレビトの会の代表の松田正隆(まつだ・まさたか)さんです。よろしくお願いします。」

松田:
「よろしくお願いします。」

犬飼:
「そして、マレビトの会に俳優として出演されています。 生実慧(いくざね・さとし)さんです。」 

生実:
「よろしくお願いします。」

犬飼:
「そしてもうひと方、俳優でマレビトの会に参加されています。西山真来(にしやま・まき)さんです。」

西山:
「よろしくお願いします。」 

犬飼:
「今回は僕を含めて4名でお話をさせていただきます。今回〈マレビトの会を振り返る〉と題しまして、数回に分けてマレビトの会のこれまでの活動や公演の話を聞いていければと思いますので、よろしくお願いします。」

犬飼:
「マレビトの会のポッドキャストにたどり着いた方は、マレビトの会とは何かというのを、もうご存知かもしれないですけども、不意にここまでたどり着いた人がいるかもしれませんので説明しておきますと、
マレビトの会とは、 2003年、舞台芸術の可能性を模索する集団として設立。代表の松田正隆の作・演出により、2004年5月に第1回公演『島式振動器官』を上演する。2007年『クリプトグラフ』ではカイロ、北京、上海、デリーなどを巡演。その後、集団創作に重きを置く形式をとり、近年では一つの都市を複数の作家が訪れ、そこで見聞きしたことから戯曲を書き、その上演を行う『長崎を上演する』『福島を上演する』を製作する。2023年、映画『広島を上演する』の制作を経て、8年ぶりの新作公演『皿の上の見えない人間 Invisible woman on the plate』を2026年3月に上演予定、となっています。その宣伝も兼ねてお話をさせていただきます。」

犬飼:
「ということで〈マレビトの会を振り返る〉と、ちょっと大きな題名にしてしまったんですけども、マレビトの会というのが、設立が2003年なんですよね。今は2026年、これが公開される時は2026年だと思うんですけど、今は2025年の年末に録ってますけれども、20年以上の活動があるなかで、」

西山: 
「すごいですね。」

犬飼:
「活動の仕方というか、作品も含めてですけども、変容していたと思うんですけど、どういった形で今の活動形式だったり、今後の新作公演につながるのかというのを、お話できたらなと思っています。」

団体設立の経緯

犬飼:
「まず第1回ということなので、最初の、初期段階の頃からお話をしたいなと思ってるんですけど。
生実さんと西山さんは、最初の時から関わってたというよりかは、途中から参加されたというような形ですよね。」

生実:
「そうですね。」

西山:
「はい。だから知らないですね、その頃のことは。」

犬飼:
「ここにいる中では松田さんにお聞きするのが一番だと思うんですけど、
マレビトの会が2003年設立。その前から、僕の把握している範囲だと〈時空劇場〉という、松田さんが作・演出として作品を上演する団体があって。その団体が解散して、その後、劇作家として松田さんがいくつか戯曲を書いて、他の方が演出をするというような形を経て、マレビトの会ができたというように把握しているのですが、この辺りはどのような流れだったんですか?」

松田:
「そうですね。戯曲だけ書いてたんですよね。何年からかな、前の劇団(時空劇場)が終わったのが定かじゃないですけどね。いつ終わったのかな。」

犬飼:
「確か 97年って書いてあったと思うんですけど。ちょっといま手元に資料がなくて、」

松田:
「うん、1997年から2000年の頭ぐらいまで。まあ劇作だけでもなんとかなるだろうみたいに思ってたんですけど。
京都造形芸術大学で教えるようになって、いろいろなダンスの公演とか、知り合いとか、太田省吾さんも含めて。特にやっぱり太田さんと出会ったっていうのもあったかもしれないですけど。
それと、学生たちと一緒に作品をつくるようになって、そのなかで、学生の人と一緒に作ってもいいかなみたいな。やっぱり刺激をかなり受けて。
最初のメンバーである枡谷雄一郎さんっていう俳優さんがいるんだけど、彼に一緒にやらない?と言ったのを覚えてますね。
飲み屋でしたね。なんか演劇が始まるのは飲み屋とかっていうのはあんま良くないんだけど。〈まほろば〉っていう飲み屋が京都にあって、よく行ってたんだけど。」 

松田:
「今もあるのかな。当時よく行ってて。
枡谷くんに、「なんか演劇を上演する集団作りたいんだけど」っていう話をして、「ああ、いいですね」みたいな感じになったのを覚えています。
詳細を覚えてないけれど、同意してくれたような気はしますけど。結局、最終的には僕がへべれけになって、なんか、そんな感じでしたね。彼はいつまでも冷静な感じでしたけれども。」

松田:
「それでもう一つは、やっぱり劇作だけやってると、上演の現場を持ってないと、戯曲自体も疲弊していくっていうか、先細っていくというような感じがあったので。戯曲のためにも現場が欲しいなっていうのがあって。
ちょうどアトリエ劇研の杉山準さんという人が、アトリエ劇研のディレクターをやってたのかな。
アトリエ劇研という劇場が京都にあって。北山の方にね。そこは昔から京都の小劇場を引っ張ってきたような劇場でしたけど。
そこのフランチャイズ的な集団としてやりませんか、みたいなことを杉山さんと二人で話し合って。杉山さんがプロデュースもしてくれるっていうような。アトリエ劇研を使ってもいいっていうようなことになったんです。2004年に。だから2003年に設立って、何をもって設立したのか、ちょっとわからないけれども。」

犬飼:
「確かに2003年設立と書いてあって、2004年に第1回公演だから、この間にいったい何がおこなわれていたのか、」

松田:
「まあ、そういう契約というか、なんなんだろう。わかんないですけど。
やります、って宣言したような覚えはないです。アトリエ劇研との契約が始まったのがそういうことだったのかもしれない。」

犬飼:
「ここにいる人たちは京都の演劇からやっている人たちばかりなんですけど、西山さんも生実さんも僕も。アトリエ劇研というのは、演劇を観るんだったらアトリエ劇研に行くっていうか、京都の団体がだいたいアトリエ劇研でやっているような感じでしたよね。
僕が京都にいたのは2004年からなんですけど、中心的な場所ではありましたよね。」

松田:
「そこで数年間なんかやろう、という形で始まったのがマレビトの会でした。」

犬飼:
「確かにアトリエ劇研や杉山さんのお名前がクレジットされていることからみて、アトリエ劇研中心で松田さんの作品をやっていくような流れができたんだろうなと思っていましたね。」

犬飼:
「枡谷さんの演出されている作品を何か見た記憶があります。マレビトの会という名義で、それこそアトリエ劇研で、松田さんが演出された作品と、枡谷さんが演出された作品を2本立てでやっている企画があったんですけど。なんか舟を漕いで、」

西山:
「私も見た。」

松田:
「船弁慶を題材にしてるんですね。船福本。」

西山:
「ああ、船福本かな。」

松田:
「船福本とバライゾノートを一緒にやったのかな。」

第1回公演「島式振動器官」について

犬飼: 
「まあ、それはちょっと先の話なんですけど。はい、
その後、第1回公演が2004年の5月にアトリエ劇研。6月にこまばアゴラ劇場。題名が『島式振動器官』。マレビトの会として第1回公演を上演するんですけど、これはどういった作品だったんですか?」

松田:
「うんとね、犬男(いぬお)っていう人と。誰だったっけ。」

西山:
「なんか、枡谷さんが鳥みたいな。」

松田:
「砂男か。なんか監禁されているような病室のような、よくわからないベッドがある部屋に、犬男がこう寝ている、 片耳を切っちゃって。収容されているようなところに、友人の砂男がやってくるっていう。はい、まあ、そういう話です。」

犬飼:
「僕の手元にあらすじがあるんですけど。」

松田:
「どんなあらすじ?」

犬飼: 
「〈飛べない巨大な鳥の跳梁する港町。離島出身の犬男は鳥ハンターとなって生計をたてた。住民たちによる不気味な鳥の駆除は秘やかに行われていたのだ。幼馴染みと称する兄妹が、鳥の嘴に胸を刺し抜かれた瀕死の犬男のもとに訪れる……。〉と書いてある。」

西山:
「面白そう。」

松田:
「え、面白そう、面白そうか?」

犬飼:
「ちょっと不気味ですよね。」

松田:
「不気味だよね。」

西山:
「エドワード・ゴーリーみたいな。」

犬飼:
「松田さんの作品って、それまでは日常的な、現代の長崎を舞台に、リアリティの高い現代劇というような戯曲をイメージされてたと思うんですけど、ちょっとテイストが違った作品になったんですか?」

松田:
「そうですね。影響を受けてたのは海外の、ポーランド演劇みたいな。カントールとかのものに感化されていたような気がしますね。グロトフスキとかカントールとかの前衛演劇をやれないもんだろうかっていう感じが当時はありましたね。」

犬飼:
「それは今までの戯曲とは違って、そういうふうなものを書きたかった?」

松田:
「まあ、そういうふうな、海外のテイストの、前衛劇のフレームを借りながら、内容としては港町。港町ってやっぱり自分の故郷の、隠れキリスタンのイメージとかね。自分の故郷が、故郷だけど異郷みたいな、そういうイメージが常にあったんで。
まあ、そういう作品も平田オリザさんと一緒に作ったりもしたんだけど。」

犬飼:
「『雲母坂』とか、」

松田: 
「そう、『雲母坂』とかね。その後『天の煙』とかね。ちょっと失敗だったんですね。」

犬飼:
「失敗。松田さんの感覚としてはうまくいかなかったというような?」

松田: 
「かなり失敗作でしたね。いや、平田さんの演出がというより、僕の戯曲の書き方がちょっとうまくいってなかったような気がします。やっぱりまだリアリズムを引きずりつつ、マジックリアリズムじゃないけど、なんかちょっと違う世界に(したかった)。
でも、あの時期の作品のモチーフや文体みたいなものを、もう1回いま考え直してもいいかなっていうふうには思うんですけれども。
今回の新作だってそういう部分はあると思うよね。」

松田:
「まあ、とはいえ当時、戯曲だけ書いて、平田さんのような(特徴のある)演出スタイルを持っている人に、テキストと演出スタイルがなんか合わないし、俳優の身体性も簡単にすり合わせができないようなものだったような気がして。性急に書きすぎていたなぁとは思うんですね。
その辺のことをもうちょっとクリアにしたいっていうのがあって、自分の集団を作って、自分のって言い方もあれだけど。まあ自分のって、最初はやっぱりそういう感じがしましたね。」

犬飼: 
「そうですよね。今は集団創作というか、松田さんが中心にいる中で、かなり緩やかにつながったなかで大きくなっている集団って感じがしますけど、最初は松田さんの作品を上演するというような意味合いの強い団体だった?」

松田:
「というような団体がしばらくは続きましたけどね。
でも、(京都)造形大の俳優さんたちとか、京都で活躍している俳優さんたち。最初の(第1回公演の)メンバーはよかったですね。枡谷くんも。枡谷くんが主人公でしたけどね。」

犬飼:
「しばらくこのメンバーが常連ですもんね。 」

松田:
「そうですね。 」

西山: 
「(資料を見て)そっか。枡谷さん以外の造形大の方はこの後からなんだ。」

松田:
「そうね。『王女A』からとか山口(春美)さんが入ってくるんじゃない?」

犬飼:
「やってみた手ごたえはどうだったんですか。この作品というか、マレビトの会第1回公演を。」

松田: 
「第1回はやっぱりなんか手応えありましたけどね。自分なりに面白いなと思いながら。よかったですね。どういう評価を得たかどうかは覚えてないですけど。」

犬飼: 
「確かに第1回公演をやってあんまりだなと思ったら、そこで終わってた可能性もありますよね。」

松田: 
「そうですね。」

犬飼: 
「やっぱり劇作家(だけ)でやっていこうって松田さんが思ったとしたら、マレビトの会のその後の20年は丸々なかったことになりますもんね。」 

松田: 
「うん、確かに。いや、まあ、」 

西山: 
「別の未来があったのかもしれない。」

犬飼: 
「だからやっぱり、しっくりきた何かがあったわけですよね。」 

松田:
「太田(省吾)さんが見に来たのを覚えてて。 それは、よかったなと思いましたけどね。」

犬飼:
「会話劇だった松田さんの戯曲、というかスタイルが、大幅に変わったみたいな印象を受けている劇評を、ネットでちらほら見たんですけど、そういう驚きも含めた感想が多かったんですけど。」

松田:
「まあ、全然、それまでの会話劇と違いますね。本当に。(舞台の)場所かどこか分かんないし。」

犬飼:
「それまでの会話劇を期待してた人もいて。反応としてはどうだったんですか?松田正隆が意外なことやってきたぞ、みたいな感じだったんですか?」

松田:
「どうなんですかね。まあ、そういうのはあんまり気にしないっていうか。そんなに期待している人いたんですかね。わかんないですけど。」

犬飼: 
「松田さんの戯曲のファンというか、松田さんの戯曲の作品を見たいと期待してた人っていうのは(ネットで調べる限り)かなりいるような感じでしたけど。」

松田: 
「僕としても、『夏の砂の上』っていうのを描いた時に、それが99年ぐらいかな。それこそ(自分は)劇作しかやってない時に、平田オリザさんに向けて『月の岬』という作品と『夏の砂の上』という作品を描いたんですよ。
で、この2本は彼の手法ともすり合わせがギリギリのところでうまく、化学反応ができて、なんか良かったんですよね。僕の戯曲としても、この2本を書けたのはやっぱり良かったなと思ってるんですけどね。
地方のある家族、崩壊している家族というのを題材にしながらっていう、そのスタイルで、会話劇で、もう一つの異質な世界もギリギリ出していく、その境界線上のものを作ることに成功したなあとは思ってましたね。戯曲に関しても。
ただもう『夏の砂の上』を書き終えた時に、じゃあ次どうしたらいいかなっていう。」

松田:
「なんか指を切るんですけど、」

犬飼:
「(『夏の砂の上』の)最後。ラストシーンで、ですよね。」

松田:
「指を切った後、何を切ったらいいかなみたいな。まあ比喩ですけど。
異質な世界観みたいなものをどうやって出したらいいかな、という。クラシカルな演劇手法で、場所をどういうふうに飛ばすことができるかっていうか、変容させたらいいのか、っていうね。
ちゃぶ台中心的な劇から、プロセミアムの、第四の壁の向こう側に(どのように飛ばせるのか)。ちゃぶ台を中心として放射状に広がっていく世界観で作ることに限界を感じてはいたんですね。それが(マレビトの会の)設立までの自分のこうもどかしさみたいな。(設立までに)いろんなものを作りました。なんかほとんど失敗作だと思うけど 。」

犬飼: 
「試してたわけですか。」

松田:
「試してたっていうか、その時は本気で書いてたんだけどね。『天の煙』とかも。
でも、それが失敗作、失敗作とか言っちゃダメかな。熟してないまま、ああだこうだ、まあ試してかもしれないですね。」

犬飼:
「確かに松田さんの戯曲って、いま出版されているものを読むとリアリズムなんですけど、何かそこからはみ出る何かが年々追うごとに増えていくようなイメージがあって。
今読めるものと『雲母坂』という作品がありますけど、現実から離れているものが本当に増えていて。そういった延長線上でマレビトの会(の設立)なのかなと想像してますけど。」

松田:
「いろんな演出家ともやりましたけど、かなり辛かったですね。自分もオファーに対してうまく戯曲が乗れないっていうか、頑張ってるんだけど。
それでオファーも重なったりして。劇作家で食っていこうと思っていたんで、いま劇作家で食っていくなんて無理だって思いますけど。でもその当時は細々とやれるんじゃないかっていう思いでやってましたけどね。
それで、オファーも増えてきて、なんとか生きてましたけれども。そういう意味で(オファーが)来たら断れないわけで、やっぱり食うためにも、それも重なって、考えられないまま。空間構成とかそういうものも考えられないまま、空間構成というか、コンセプト自体もうまく考えられないまま、なんとかもがきながら書いてたっていう日々でしたね。
そんな僕のことはいいんですけど、マレビトの会としては。始まりとしてはそういうことでしたね。」

犬飼:
「そんな時に、学生だった枡谷さんと飲みに行った。あとアトリエ劇研という劇場の協力があって、松田さんが団体をやっていける環境がある中で、第1回公演が上演されたということですね。」

松田:
「はい。」

犬飼:
「この後はマレビトの会の作品が、アトリエ劇研だったり、こまばアゴラ劇場で上演されていくんですけど。第2回公演は『蜻蛉』という作品ですが、これはまた次回。」

松田: 
「あ、次回。次回があるんですね。」

犬飼: 
「次回があります。今回はここまで。」


マレビトの会 新作公演

皿の上の見えない人間 OGP画像

『皿の上の見えない人間 Invisible woman on the plate』

日程|2026年3月19日(木)〜 22日(日)
会場|SCOOL(東京・三鷹)

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