マレビトの会を振り返る vol.6
- ポッドキャスト
以下、テキスト起こしです。
犬飼:
「〈マレビトの会のポッドキャスト〉進行させていただきます、犬飼勝哉(いぬかい・かつや)です。マレビトの会代表の松田正隆(まつだ・まさたか)さんです。」
松田:
「よろしくお願いします。」
犬飼:
「マレビトの会に俳優として出演されています、生実慧(いくざね・さとし)さんです。」
生実:
「よろしくお願いします。」
犬飼:
「同じくマレビトの会で俳優として出演されています、西山真来(にしやま・まき)さんです。」
西山:
「よろしくお願いします。」
犬飼:
「マレビトの会で劇作や制作などを担当されています、三宅一平(みやけ・いっぺい)さんです。」
三宅:
「よろしくお願いします。」
犬飼:
「〈マレビトの会を振り返る〉と題しまして、マレビトの会のこれまでの活動や公演の話をお聞きしています。今回も僕を含めて5名でお話をさせていただきます。
マレビトの会は8年ぶりの新作公演『皿の上の見えない人間 Invisible woman on the plate』を2026年の3月に上演予定です。新作公演に向けて、マレビトの会のこれまでの公演を振り返っています。」
犬飼:
「第6回目ということで、前回『HIROSHIMA―HAPCHEON』という作品の途中までお話させていただきました。前回、尻切れトンボになってしまったので、その続きからお話しさせていただきます。」
『HIROSHIMA―HAPCHEON:二つの都市をめぐる展覧会』(2010年初演) 続き
犬飼:
「前回はどのような公演だったのかという概要をお聞きしまして、一般的な演劇の形ではなく展覧会のような形で上演されていて。 俳優が会場に点在していて、出し物がおこなわれていくのを、観客は会場を回遊しながら、展覧会のように歩き回りながら見る上演形式で、広島と韓国のハプチョンという都市をテーマにした公演ということなんですけど。」
犬飼:
「前回、出演されていた西山さん生実さんがどんなことをやっていたのかという話で終わってたんですけど、印象的だったのが〈俳優は報告者である〉と、生実さんがワークショップオーディションの時に、松田さんが言っていたということだったんですけど。この話について僕お聞きしたいなと思っていて。
前回の公演、前々回の公演から一貫して言われていた言説というか、考え方だと思うんですけど、これを掘り下げるとどういうことなんですか?」
松田:
「そうですね。この上演は、僕がテキストをまったく書かなかったし、俳優が、報告者というかレポーターみたいにして、パフォーマンスもつくってもらったし、自分の展示ブースのようなところで何をするかもお任せで。場所に行ってもらって、その印象を。場所は広島とハプチョンですけどね。どちらかに行ってもらって。
行った印象をどういうふうに組み立てるか、最初からどういうふうに構想をして、パフォーマンスに結びつけるかはお任せみたいなところがあったんで、レポーター的な意味合いは大きいかな、という。
演劇って、上演の現場はカメラがないので。劇場に違う場所を表象していく、再現していくっていうところがあって。その再現の仕方を〈報告する〉と。再現の方法として〈報告者〉という。俳優というより報告する人というのが、際立った作品だったんじゃないかな、という気がしますけどね。」
犬飼:
「いわゆるセリフとして書かれていたテキストを演じるというのが、俳優の一般的に想像される役割だと思うんですけど、それとは違いますよね。」

松田:
「まあ違いますけど、日常生活の中でもお話をしてる時に、話題があるわけで。その話題の中に入っていく時は「昨日こんなことがあってさ」みたいな感じで、長々と喋る時が(ある)。AとBがいて、Bの方が聞き手になって、Aのターンで喋る時に、まあ会話ってそれぞれのターンがこう回ってくるわけだけど、Aがずっとある話題をBに提供する場合って報告者になってる時があって。その報告の内容が〈話題〉ですよね。」
犬飼:
「はい。」
松田:
「日常生活の中にも、内容の中の場所と語っている現場というのは、その語っている現場に、話題の中の場所のことを喋るということもあるわけだから。」
犬飼:
「はい。」
松田:
「俳優の身体が目の前にいることと、俳優が語っている中の内容は、場所的に二重化するわけで。現場性と話題の中の場所というふうに。
俳優が二重の場を生きているのが演劇の面白いところですよね。二重といいながらも一箇所なんですけどね。現前してるわけですけどね。
そのやり方として、演技をするのは日常生活の中でも、その場にいた時のような口調になったり。報告の中の場の中にいた登場人物に成りきって喋る場合もあるわけだから、その時に演技性みたいなものが出てきますよね。
〈報告者〉というのはそういうことかな。なんだろう、いま頭の中に結びついたんだけど一瞬にして消えました。」
犬飼:
「残念ですね。」
松田:
「ちょっと待って。もうちょっとしたらまた巡ってくるかもしれないですけど。」
犬飼:
「俳優が報告者であるということは、いわゆる一般的に想像する俳優とはちょっと違うというか、違う形だと思うんですけど、」
松田:
「だから、この上演に関しては、やっぱそういうとこありましたよね。」
犬飼:
「報告すべき対象があるからこそ、そうなるんですかね、都市という場所があるからこそ、俳優は報告者にならざるを得ないというか。フィクションの世界ではなく、現実に対面しているからこそ、報告者にならざるを得ないということなのかなって、いま話を聞いてて思ったんですけど。」
松田:
「でも、いま思えば突飛なことをやってたって感じはしないんですけどね。報告の仕方もそれぞれだったし。病院の話をしているうちに、病院のナースの格好になっていって、という報告者もいたし。
なんか外国にいた人もいましたね。ポーランドかどこか。違ったっけ?」
生実:
「山口惠子さん、」
西山:
「ああ、そうだった。」
松田:
「山口さんね。山口惠子さん。その二つの都市(広島とハプチョン)じゃなかったし。
まあでも基本的には二つの都市であれしたんですけど。」
犬飼:
「これ大変ですよね。出演する側としても。 」
松田:
「そうですよね。」
犬飼:
「大変なんじゃないかなと思ったんですけど、どうだったのかなという話を西山さんと生実さんにお聞きできたらと思うんですけど。結構ハードじゃないですか?」
西山:
「どうやってつくったんだろうって今話聞きながら思い出してたのは、旅してる時特有の、自分が2人いる感じっていうか、なんて言うんですか、」
犬飼:
「またそういうことを。独特の感覚のことを言いますよね。」
西山:
「みんなそうみたいな感じで言うんですけど、私は。
でもとくに創作してたからかもしれないんですけど、自分を旅させて、こんな体験させて、とか。こういうつくりかたは「都市日記」シリーズっていうのでもやったんですけど。だから、その時のことも混ざってるんですけど、山道とか歩いてた感覚をすごく覚えて。っていうのはそれを作品にしなきゃいけないから、自分が歩いてるのと、小説の主人公みたいな人が歩いてるのとを二重化してる感覚があったのを覚えてて。体験が濃くなるのかな。覚えてる風景が増えるみたいな感覚があったり、」

西山:
「あと、ハプチョンの人のインタビューを再現するパートもやったんですけど、さっき言っていた報告する演技の仕方をけっこう考えて。
それこそ犬飼くんが言ってたみたいに、実際の人で、実際に起きたことで、しかも真に迫るっていうか、原爆から逃げた時の街の、何本道路を渡って、どこどこのみたいなこととか、言ってくれてるやつとかやったりして、なんか感じました。
実際の人だから、こっちは報告するしかない。距離感を絶対に保ちながら、みたいな。資料館の人形みたいな感じでやるみたいな。」
犬飼:
「なるほど。自分と演じる対象を近づけるというかは、距離を取らざるを得ないというか、」
西山:
「みたいな感覚があった気がする。」
犬飼:
「なるほど。生実さんはどうですか?」
生実:
「覚えてるのが、報告する時に(意図的に)お客さんと目を合わせてはいけないっていうか。お客さんに直接語りかけないように、という演出があったのは、」
犬飼:
「僕、実際に会場で観ていて、(俳優は)こちら側には本当に関与しないんだなっていうのは思いました。話しかけても絶対答えてくれないんだろうなという状態でやられてる。」
生実:
「それから、出演者の島崇さんと稽古以外でも2人で会って、作品についてたわいもないことを話したのを、そのまま寸劇みたいな感じで、という時間もありましたね。」
松田:
「個人パートで報告者として展示されている部分と、ドラマパートっていうか、ちょっと演技をしたり。さっき西山さんが(言っていた)、ハプチョンの老人施設に入っている女性がいらっしゃったんやけど、その人が電車の運転手をされてたんだっけ?車掌だったっけ?」
西山:
「あ、そうです。そうそうそう。」
松田:
「その経験を語っているのを、そのまんまその人になって上演する、成りきるバージョンもあるわけで。いくつかのパートに分かれてましたよね。
それと観客、この問題は、もう観客にも語りかけてもいいわけですよね。」
犬飼:
「語りかけてもいい?」
松田:
「実際に目の前にいるわけだから。額縁の舞台、プロセ(ニアム)の舞台よりも、いわゆる第四の壁を突破した状況で、観客がどこにいるかわかんないような、背後にもいるし、目の前にもいるし、観客も俳優に触ろうと思えば触れる状態だったんですけど。触ってくる人はあんまりいなかったけど。
どうしても展示品として、展示〈品〉って人物だからそうはならないんですけど、ちょっと違う位相にいる、目の前にいるけど違う位相にいるっていう、そういう風にしましたね。
一緒にしてしまうと共犯関係が生まれるので、触れ(ふれ)ないようにはした、あるいは視線を合わせるようにはしなかった、あるいは目の前にいる人に語りかけるのではなくて、今ここにいるんだけど、ここではないどこかへ向けて語ってるみたいな、感じですかね。」
犬飼:
「なるほど。 観客との関係の取り方の選択は、かなり重要なことだったんですね。」
松田:
「そうですね。みんなで割と話し合ったんだけど。インタラクティブにやろうと思えばできるはずなんですけどね。でも、境界があるんだけどない、みたいな。ないけどあるみたいなふうにして。その境界線は〈あいだ〉っていうことだと思うんですけどね。」
犬飼:
「あいだ?」
松田:
「俳優と見る人との〈あいだ〉をきちっと意識させたいな、というのはありましたね。〈あいだ〉がなくなると、なんか一緒になっちゃうって感じ。」
犬飼:
「(それは)良くないと?」
松田:
「良くないっていうか、そうではない方法として観客に思考してもらいたいっていうのがあった。
距離を取った上で、距離感を失ったり没入してもらったり、隔たりを感じたりっていうのは、目を見たり、触ったり、あるいは語りかけたりすると、崩壊する気がしたのかな。その関係性が。」
犬飼:
「なるほど。なんとなく言わんとすることは感覚的に分かるような気もする、というのが感想でした。分かるような気もするっていうふうな曖昧じゃなくて、分かるなっていう感じがしました。
三宅さん、どうですか?この作品は。」
三宅:
「私は観客で、東京の自由学園明日館での上演を観たんですが、なので実際に創作に関わる前に見た作品で。
明日館という場所が歴史的な建築物で、思ったより狭い印象を受けるような、こぢんまりとした、講堂みたいなスペースで。自然光が入ってきて、観客として(会場内に)入って観に行くんですけど、日常の延長線上のような場所の印象を受けましたね。」
三宅:
「印象的だったのは、チョン・ヨンドゥさんっていうダンサーの方のパフォーマンスで。確か白菜か何かを持って手を広げ、〈広い島〉っていう「広島」を言葉に分解してダンスをするパフォーマンスをされていてたのが印象的だったのと。
あと、荒木優光さんの音響で、広島の環境音を録っていて、あるタイミングで8月6日に行われる平和記念式典の、黙祷の鐘が鳴るような音が、ある周期で鳴る時があって、その時に、パフォーマーではなくて、むしろ観客が止まるような、動きが止まって音に耳を澄ます。
ある種の黙祷のモードに入っていくような瞬間があって。先ほど〈あいだ〉の話をされてたと思うんですけど、観客側も〈見られる〉というか、立場がちょっと変わる瞬間を感じた記憶があります。」
犬飼:
「音響に関して。さっきお話してたものを観ていない方がイメージすると、俳優が展示物として点在しているようなイメージを想像されると思うんですけど、それだけじゃないですよね。
松田:
「うん、」
犬飼:
「音響によってこの全体の統一感というか、その全体の空間が作られていて。
僕が記憶してるのが、飛行機の音が周期的に流れてきて、それが聞こえてくると、パフォーマーがパフォーマンスをやめて空を見上げる振る舞いをするという演出があったと思うんですけど。
空間が構成されている。一つ一つというより、全体にも流れている時間があるのが印象的で、黙祷も同じようなもので、さらに観客にも影響を与えている、というお話なのかなというふうに、」
三宅:
「そうだと思います。」
犬飼:
「聞いて思いました。なかなか言葉で表すと難しい公演だなって、ここまで喋ってきて思いました。」
松田:
「キャプションのあの装置。あれもプログラミングされてて、」
犬飼:
「どんなのでしたっけ、映像だったんでしたっけ?」
松田:
「映像なんですけど、そこに文字が映って、」
犬飼:
「いわゆる美術館の、絵の下のキャプションが、」
松田:
「そのキャプションを俳優の横に。京都芸術センターの講堂でやった時は上から吊ってたんですけど、でも動くようになっていて。東京の明日館の場合は、下からスタンドで立てて、いろいろ動くようになってて。それもYCAMのスタッフの人たちが参加してくれたんで。」

犬飼:
「テクニカル的な面が、」
松田:
「濱(哲史)さんっていう人じゃなかったかな。」
犬飼:
「プログラマーとしてクレジットされてますよね。」
松田:
「舞台監督が岩田(拓朗)さんという方ですね。」
犬飼:
「岩田さんという方は、いわゆる演劇公演の舞台監督の方なんですか?」
松田:
「それもやられるかもしれないけど、YCAMの人だったね。その2人が参加してくれたのもあって、空間構成も(演出できた)。鐘が鳴ったり、ある時刻になったら、画面が全体化するようになったり、個人的な場の構成と、全体を構成することが、まあ音響と合わせて、照明もそうかな、照明もある程度そういうふうに設計されていて、藤原さんだっけ?照明は。」
犬飼:
「照明は(資料を見て)藤原さんですね。藤原康弘さん。」
松田:
「『声紋都市』から『HIROSHIMA―HAPCHEON』に至るまでは、もはや全体で演出していくっていうか。
テクニカルが入って。 今度はパフォーマーもそれぞれ自分のやることを設計していくっていう感じだったんで。それこそ全員でつくってる感じがしましたけどね。そこに流動的に観客も入ってくるので。やってみるまでわかんないところありましたよ。時間も長かったんで、」
犬飼:
「確かに。」
松田:
「始まりと終わりが規定できない感じがしたんですよね。」
犬飼:
「そうですよね。もうお客さんも出入り自由で。」
松田:
「そうですね。」
犬飼:
「なるほど。そのような『HIROSHIMA―HAPCHEON:二つの都市をめぐる展覧会』という公演。これが2010年でしたね。」
松田:
「2010年か。20年前?あれ?」
犬飼:
「20年はいってないじゃないんですか。」
松田:
「何年前?」
犬飼:
「16年ぐらい。15年半ぐらいですね。 」
松田:
「15年って。中学生ですよ。」
犬飼:
「その時生まれた子はね。そうですね。」
松田:
「もう古い歴史やな。」
犬飼:
「では、その次の話をしますね。」
松田:
「あ、もう次ですか。次はなんでしたっけ。」
「マレビト・ライブ」(2011〜2012年)について

松田:
「震災が起こるんですよね。」
犬飼:
「そうですね。2011年で、世の中の空気もガラッと変わって、次が「マレビト・ライブ」。マレビトの会として何度かやられている。第1回が2011年の5月7日なので震災が起きてから約2ヶ月後から始まるもの。」
犬飼:
「第1回・第2回・第3回と。vol.1〜vol.3の総集編が2011年の8月に京都芸術センターの講堂でやられていて。vol.1・vol.2・vol.3は街でやられているってことですね。」
松田:
「そうですね。うん。」
犬飼:
「その後に番外編というのが、烏丸三条スタバ前と出町柳三角州で。」

松田:
「はいはいはい。」
犬飼:
「その後、「マレビト・ライブ東京編」というのがあって。これが2012年の、」
松田:
「どこでやったんだっけ。」
犬飼:
「本当にスカイツリーの近く。当時スカイツリーができたばかりですね。」
松田:
「そうです。」
犬飼:
「場所は東向島珈琲店って書いてありますね。 曳舟の喫茶店ですね、」
犬飼:
「まず、vol.1〜vol.3からいきますと、vol.1が公園でやられてますね。生祥児童公園。麩屋町六角通り南西角。」

松田:
「本当にゲリラ的にやったからね。」
犬飼:
「つまりゲリラで、街中で、寸劇をやるようなものですよね。」
松田:
「やるような感じでしたね。それが1回目。」
犬飼:
「なぜこんなことをしようと。」
松田:
「そうだよね。」
犬飼:
「ここまで『HIROSHIMA―HAPCHEON』をやってきた、次に「マレビト・ライブ」。なぜ急にゲリラを始めたんですか。」
松田:
「もう劇場的なところでやり尽くした感はあったんですよね。やり尽くしたから公園っていうのも奇妙な話なんやけど。それと震災が起こって、何をしたらいいかわからないような、戸惑いのもとにあったっていうのはありましたね。
それで、なにか要請されるわけでもなく、〈N市〉という長崎をイメージする場所を京都に、〈報告者〉という話の時にさっきも言いましたけど、上演の現場性と俳優のあり方って、上演空間に身体がある現場性と、もうひとつ、俳優が演じようとする、それは日常生活の会話の中では〈話題〉ですけど、もう一つのフィクションの場ですよね。」

犬飼:
「はい。」
松田:
「劇場という空間から離れて、京都全体を劇場として考えようみたいな。京都の現実の場所に〈N市〉という架空の町、長崎をモデルにしたところを、映していこうという。京都の風景なんだけど、長崎の情景が上演されていくことを試みたって感じですかね。」
犬飼:
「つまり公園でやるのが大事なことではなくて、京都の町のいろいろなところに点在しているっていうことが、」
松田:
「いろいろなところでやりたかったというのはあります。〈N市民〉という内容の登場人物たちを、京都の中で、まるで京都の場所が〈N市〉の体(てい)でやってる人たちがいるっていう。」

犬飼:
「なるほど。」
松田:
「それは後々、同様のことを。それと同じようなことをやってるわけですけどね。」
犬飼:
「その後も。」
西山:
「〈上演する(シリーズ)〉?」
松田:
「〈上演する〉シリーズもそうだし、その前のなんだっけ、」
西山:
「アンティゴネー、」
松田:
「『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』(2012)も。なんかそういうイメージあったんですよね、以前から。現実の街に架空のフィクションをインストールしていくみたいな。流し込んでいくっていうのはね。
それを私たちは「マレビト・ライブ」と称して。あくまでも〈上演をする〉ということですかね、やっぱり。」
犬飼:
「第2回目の場所が、アパートの一室。京都左京区の。」
松田:
「そうそう。」
犬飼:
「そこで15分の上演時間で、」
松田:
「ツイッターであれ(告知)したんだっけ。方法としては。(『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』と) 一緒でしたよね。」
犬飼:
「ツイッターとかで予告をして、」
松田:
「っていう風にしたんだっけ?そうか。 」
犬飼:
「どうなんですか?生実さん。」
生実:
「そうだったと。ツイッターで。」
松田:
「そうですよね。
地図と。でも来た人には紙も渡したんかな、上演のテキストも。違った?」
生実:
「ウェブでも載ってますよね、テキスト。」
松田:
「ああ、そうでした?」

犬飼:
「今のマレビトの会のウェブサイトからは上演テキストを読めます。PDFのデータで。それを公開したってことなんですかね。」
生実:
「うん…。」
松田:
「プログラムも紙で配ったような気がするんだよね。来た観客たちに。どこかで(情報を)取れるようにはした気がするんですけど。でも何人か演出の人たちが、演出部がつくりあげられて、」
犬飼:
「演出が複数になっている。」
松田:
「和田ながらさんもいたかな。」
犬飼:
「名前はクレジットされてたと思います。」
松田:
「そうですか。他にもいらっしゃったと思いますけど。そういう複数の人と一緒にやらないと、なんかできなかったんだよね。あの(上演した)民家は誰かの、」
生実:
「ダンサーの、」
松田:
「ダンサーの人のね。」
犬飼:
「おウチでやった、」
松田:
「うん。それは〈N市〉という体(てい)でやったし。居酒屋も使った。居酒屋っていうか、バーみたいなところも使ったし。」

犬飼:
「あと京都造形芸術大学の、」
松田:
「屋上。そこも使ったし。そこも全部ゲリラでやったんだと思うけど、」
犬飼:
「元立誠小学校。」
松田:
「ああ、そうそうそう。」
犬飼:
「うわさでは第1回で、お巡りさんが、」
松田:
「そうですね。捕まっちゃって。」
西山:
「あ、そうなんですか。」
犬飼:
「本当にゲリラってことですか?」
松田:
「そうなの。「何してんだ」みたいな。カメラを回したからだと思うんだけど。記録映像として残したかったので。」
犬飼:
「それ大丈夫だったんですか?」
松田:
「「すいません、もうすぐ終わるんで」って感じだったと思う。」
西山:
「何やってるシーンだったんですか?」
松田:
「なんか、島(崇)さんと生実くんがいて、生実くんがひさびさに、あ、兄貴か、あのー、」
犬飼:
「兄弟の話ですよね。〈N市〉に住む緑下家の兄弟に起こるあれこれの話ですよね。」
松田:
「ちょっと不穏な話なんだけど。それでチンピラみたいなやつに絡まれてたよね。それがごま(のはえ)さんがやってくれたんやね。」

西山:
「あー。」
犬飼:
「ごまのはえさんがチンピラ役で、」
松田:
「排除されたりしてね。なんか、」
犬飼:
「警察はトラブルかと思ったんですかね。」
松田:
「いや、それは関係なくて、単に。あと人(観客)が、わりと来ちゃって。」
犬飼:
「ああ、そうなんですか。」
松田:
「こんなに来ると思わなかったので。 ある程度来て、なんかものものしい感じになったから。」
犬飼:
「なるほど。」
松田:
「それで僕は警官に呼ばれて「すぐ終わります」って言って。まあ、そんな留置所に入れられたりとか、連行はされなかったですね。」
犬飼:
「まあ、ちょっと「やめてくださいね」って注意が入ったみたいな。」
松田:
「うん、そうですね。」
犬飼:
「でも今と比べて、やっぱり昔はルーズなところがあった、今より。今だったらちょっと本当に問題になりそうな感じはしますけど、」
松田:
「危なかったかもね。でも京都だからね。大丈夫ですよ。」
犬飼:
「まあ、そうですかね。そのまあ、そういう公演ということで。
どうですか生実さん。イヤじゃなかったですか? そんな警察が来たら、」
生実:
「なんだろう、たぶん僕この時、セリフとかを初めて発して。演劇をそれほど、」
松田:
「公園で初めて(セリフを)発したよね。」
生実:
「だからスタンダードがわからなかったから。こういうものかって。」
犬飼:
「セリフがあって、セリフを覚えて発するというのを、初めてやったのが公園だった。だから、こんなもんかと思ったという。」
生実:
「そうそう。そうです。」
犬飼:
「ちなみにこれって、震災以降にプロジェクトがスタートしたんですか?」
松田:
「そうです。」
犬飼:
「震災を受けて、受けてというか、震災を経過した後に始まったんですね。」
松田:
「だから、何をしていいかわかんなかったから、とりあえず街で芝居しようっていう感じでした。感覚としては。劇場でやるって感じは、頭がまとまらなかったし、ポツポツと断片的に緑下家のお話を紡いでいって、その場その場でつくっていった感じですね。」

犬飼:
「ストーリーとしては、テキストを拝見したんですけど、緑下家の兄弟がいて、2人の兄弟なんですけど、弟が三男なんですよね。生まれてすぐに死んでしまった次男がいて、その次男がときどき弟の方に出てきてしまうっていう。」
松田:
「ああ、はいはいはい。うん。」
犬飼:
「弟は独り言をしゃべってるんだけど、独り言は実は次男と会話している。兄(長男)の方は知り合いのツテで右翼団体に関わってしまうんですよね。それでトラブルに巻き込まれて。」
松田:
「思い出した思い出した。」
犬飼:
「市長を暗殺する計画を練っていて、その計画が失敗に終わって、そこでトラブルが起きて、その団体から命を狙われているっていう。」
松田:
「そうそうそう。」
犬飼:
「で、その結果どうなったのかわかんなくて、いなくなってしまった。」
松田:
「京都から消えたんですよ。その拉致シーンをね、またこれもゲリラで、」
犬飼:
「大変ですよね。」
松田:
「ハマちゃん、濱崎(彰人)さんがやってくれたんだけど。」
西山:
「拉致する側を。」
松田:
「車の運転をして。」
西山:
「ええ、あ、そんなに。」

松田:
「車でわーって来て、押し捕まえて。よくあれ捕まらんかったなと思うんですよね。今思うと。」
西山:
「車まで出てくると、結構。」
松田:
「もうキーってなって。木屋町通りでね。」
西山:
「ええ、危なそう。」
松田:
「生実くんの目の前で拉致されるんじゃなかった?違った?その拉致シーンを観に、わりとたくさんの人々が、」
西山:
「ああ、気になりますよね。」
松田:
「それで立誠小学校でもやってたから。夢の中で、愛しい女性が生実くんにはいて、その人と結婚するシーンがある。」
犬飼:
「立誠小学校っていうのは、今はない小学校が木屋町通り沿いにあって、割とパフォーマンスとかで使われてましたよね。」
松田:
「そこでカメラで記念撮影するんですけど、家族写真みたいな。」

三宅:
「(PCの画面を示して)この写真?」
犬飼:
「あ、いま写真が。」
松田:
「ああ、そうそうそう。」
犬飼:
「写真があるんですね。」
松田:
「ああ、それが記念撮影です。」
西山:
「それどこに。」
三宅:
「ウェブサイトからリンクされてるところで、「マレビト・ライブ」の写真が見られます。」
犬飼:
「車がたしかに写ってますね。路上に。」
松田:
「それ、ハマちゃんの、」
西山:
「ハマちゃんの車?」

松田:
「濱崎くんの車じゃないかもしれない。誰の車なのかわかんないけど。」
西山:
「ええ、すごいですね。カーアクション、」
松田:
「だから映画の撮影っぽかった。いま思えば。カメラのない映画みたいな。」
三宅:
「(写真を見せて)これ。」
犬飼:
「人がたくさん、」
西山:
「めっちゃいる。」
犬飼:
「その人たちは観に来た人たちってことですか。」
三宅:
「おそらくそうじゃないですか。」
犬飼:
「vol.1〜vol.3を一度、京都芸術センター講堂、室内でやった(再演した)後に、番外編というのがスタバ前と出町柳で、」
松田:
「スタバ前で、変な生き霊みたいになった兄が現れるんだったっけ。なんか防護服着てね。
その前に、講堂でやったのは、それを展示したんですよ。登場人物を。」
犬飼:
「また展示型ってことですか。『HIROSHIMA―HAPCHEON』形式で。」
松田:
「そうですね。展示をしたって感じだった。」

犬飼:
「烏丸三条スタバ前って、けっこう人混みがあるんじゃ、」
松田:
「うん。まあ大丈夫ですよ、何にも、」
西山:
「あのオープンのほうですか。テラスっぽい?」
松田:
「テラスの前のところでやったと思うけど、」
犬飼:
「当時、路上パフォーマンスしている人もいましたよね。確か。その辺かどうかわかんないですけど。」
松田:
「でも、ツイッターを見た人にしかわからないから。演劇がやられてるかどうかって。大々的にやりますよみたいなじゃなく、現実に紛れるようにして、やってる感じだったですね。でもヒヤヒヤしながらやってましたね。」
犬飼:
「そうですよね。」
松田:
「「マレビト・ライブ」に関しては、お客さん来てほしいっていう、いや、どちらかといえば観てほしいって感じだったんで。
だからたくさん来ちゃった場合がありましたね。木屋町でやった時は、ものすごい人が来て、どの人が演者なのかわかんなくなるような瞬間もあったかなと思うけど。」
犬飼:
「それで、東京でもやってますもんね。」
松田:
「そうですね。もうぎゅうぎゅうになっちゃって。ある部屋を貸し借り切って、1階と2階でやったのかなと。」

犬飼:
「その喫茶店が?」
松田:
「それは西山さんも出てますよね。」
西山:
「はい。」
犬飼:
「あ、喫茶店だけじゃなくて、」
松田:
「電車の中の移動もあってさ。電車の中にも客なのか、その電車の客なのかもわからんような状態。」
犬飼:
「電車の中で上演してたってことですか?」
松田:
「上演してました。」

三宅:
「(写真を見せて)これ。」
犬飼:
「ああ、やってますね。」
松田:
「桜井(圭介)さんはそのあたりから、マレビトに興味が。」
犬飼:
「ああ、桜井圭介さん。このあたりでお知り合いに。ゲリラをしてる団体がいるぞ。京都の団体がゲリラをしているぞと。」
松田:
「わかんないですけど、観に来てくれるようになりました。」
犬飼:
「あ、喫茶店だけじゃなくて結構回ってますね。公園とか。」
松田:
「どこですか。」
犬飼:
「場所の名前というよりかは、(物語の)舞台の名前で(資料には)出ちゃってるんですけど。まず「稲光(いなみつ)の仮の宿」っていうのが墨田区京橋。次が「愛の巣」っていうのが、これも京橋にあります。近くですね。その後「キューピッドガールズの稽古場」っていうのが、キラキラ立花商店街内のお休み処でやってます。」
松田:
「それ、本当のアイドルと共演した感じだったよね。」

犬飼:
「アイドルが出てる画像がありましたね。(写真を見て)あ、そうそうそう。いま画像を見せてもらってるんですけど、時代を感じますね。2010年代の時代を。あとマンモス公園という。京橋を回ってる感じですね。
っていう。「マレビト・ライブ」だったんですけど、どうだったんですか?やってみて。」
松田:
「いや、寒かったよね。覚えてるね。」
犬飼:
「寒かった。ああ、冬の時にやると寒いですね。生実さん、どうでしたか?」
生実:
「いや、どうでしたかね。」
松田:
「生実さんはもう東京に拠点を移してたの?」
生実:
「まだこの時は京都に住んでて、だからその、」
松田:
「いちおうホテルをとって、我々はいた、」
生実:
「僕は墨田区に住んでいる方のお宅にお邪魔して、」
松田:
「あ、そうか、そうだったね。」
西山:
「生実くんは 緑下、」
生実:
「稲光(いなみつ)。」
犬飼:
「弟の役ですかね。」
西山:
「主人公みたいな役で。それと被ってるんですか?自分の東京行きが。」
生実:
「被ってはないです。」
松田:
「被ってはないですか。」
松田:
「フィクションと実人生がもうわかんなくなった、みたいな話ですか。」
西山:
「松田さんがさっき言っていた話で、舞鶴の景色が自分一人で見てる時より濃くなるみたいな話をしていたのをちょっと思い出して。
外で演技すると、東京なのに〈N市〉を重ねる事が起きるのが、でも劇場でも本当はそうなんだけど、ホワイトボックスだったらこれも風景なのに、フィクションの世界しかないことにしちゃってるけど、外でやると映画のお芝居の時みたいに、雪とか、光が差してるとかも、一緒に演技する感覚、一緒にいる感覚があったのを思い出して、それで(生実さんに)聞きました。
普通に演劇するより、自分に関わってこられる感触があるっていうか。」

生実:
「どうだろ、」
松田:
「見境がなくなっちゃうってことか。境目が。」
西山:
「そういうおもしろもあるし。見方によってはこういうのかもしれないですけど。」
生実:
「はい。でも、どうなんだろう。」
西山:
「問いとしてはそんなに重要じゃなかったです。」
犬飼:
「自分とダブってしまうみたいなことですか。」
西山:
「結構そう。交流が生まれやすい。自分との。」
犬飼:
「役が入ってき過ぎちゃうみたいな?」
西山:
「みたいな。いや、入るってほどでもないかもしれないけど。」
松田:
「京都でやってた時は、京都を舞台にして〈N市〉を上演してたんで、」
犬飼:
「はいはい。」
松田:
「東京編に至っては〈N市〉から、兄貴は東京に拉致されて、東京にいて、けっきょく埋められたんじゃないか、みたいな。それで埋められた場所に行って終わるんだけれども。だったよね?」

生実:
「そうです。懐中電灯で、」
松田:
「懐中電灯で。稲光がずっと探してるっていうとこで終わるんだったかな。」
生実:
「でも、演技については、本当にちょっと自分の感覚で、よくわかってないかったから、今もですけど。本当にのっぴきならない感じでやってましたね。」
犬飼:
「映画の撮影に近いっていうのもあるのかな。舞台で俳優をやっていると、あまりリアルの世界で何かやったりとかしないですけど、映画だと普通にありますもんね。この懐中電灯でこういう、」
松田:
「いや、ただカメラって「はい。 止まりました」って回る/止まるがあるじゃない。それがないから、奇妙な感じですよ。」
西山:
「うん、確かに。」
松田:
「カメラのない、演劇な感じがしたね。」
西山:
「ちょっと隠れてて、観に来たっぽい人たちのところに行く時にはもう役なのかな、みたいな感じで。この隠れてる時はなんなんだろう。」
犬飼:
「待機中の。」
西山:
「そう。曳舟駅には行くけど、みたいな。曳舟駅まで行ってるのは私の導線なのか、あの人(登場人物)の導線なのかみたいな、そういう楽しさもあったかもしれないです。」
犬飼:
「東京編は、本当に東京を舞台としたお話なんですよね。東京に稲光が上京して、東京にいる。 」
松田:
「で、兄を探しに行って、仮の宿を転々とする話じゃなかったかな。」
犬飼:
「〈N市〉がそこにあるというよりかは、東京に来たぞっていう。」
松田:
「舞台は東京そのものだったんで。」

犬飼:
「という「マレビト・ライブ」でした。三宅さん、「マレビト・ライブ」に関して何かあります?」
松田:
「これは観に来てないの?」
三宅:
「私は観てないんですよ。実は。」
犬飼:
「あ、ゲリラはちょっと。っていう?」
三宅:
「いや、そういうわけじゃなくて、情報に接してなかっただけだと思うんですけど。『アンティゴネー(へ旅の記録とその上演)』の第1の上演にもつながる話なので、非常に面白く、」
犬飼:
「この後『アンティゴネーへ旅の記録とその上演』のスタイルと。ここから発展したものがその作品 になるという。」
松田:
「そうですね。」
犬飼:
「だからこのノリというのは、三宅さんにとっても、知ってるノリだなっていう感じ?」
三宅:
「そうですね。はい。まったく一緒ではないかもしれないですけど。なんとなく雰囲気は近いものがあるかなと思いました。」
犬飼:
「ではそれは次回の時にお話聞けたらと思うんですけど。じゃあちょっと長くなっちゃいましたけど。『HIROSHIMA―HAPCHEON』のお話の途中からと「マレビト・ライブ」のお話でした。ありがとうございました。次回に続きます。」
松田:
「はい。」
マレビトの会 新作公演

『皿の上の見えない人間 Invisible woman on the plate』
日程|2026年3月19日(木)〜 22日(日)
会場|SCOOL(東京・三鷹)