マレビトの会を振り返る vol.9
- ポッドキャスト
以下、テキスト起こしです。
犬飼:
「〈マレビトの会のポッドキャスト〉進行させていただく犬飼勝哉(いぬかい・かつや)です。そして、マレビトの会の代表、松田正隆(まつだ・まさたか)さんです。」
松田:
「はい、よろしくお願いします。」
犬飼:
「そして、マレビトの会に俳優として出演されています、生実慧(いくざね・さとし)さんです。」
生実:
「よろしくお願いします。」
犬飼:
「同じく、マレビトの会に俳優として出演されています、西山真来(にしやま・まき)さんです。よろしくお願いします。」
西山:
「よろしくお願いします。」
犬飼:
「そして、マレビトの会で劇作や制作などを担当されています、三宅一平(みやけ・いっぺい)さんです。よろしくお願いします。」
三宅:
「よろしくお願いします。」
犬飼:
「僕を含めて5名で〈マレビトの会を振り返る〉と題しまして、マレビトの会のこれまでの活動や公演の話をお聞きしています。
マレビトの会は8年ぶりの新作公演『皿の上の見えない人間 Invisible woman on the plate』を2026年3月に上演予定です。新作公演に向けて、マレビトの会のこれまでの公演を振り返っています。」
犬飼:
「第9回目ということで、前回は『長崎を上演する』というシリーズのお話をお聞きしまして、今回はその続きとなります『福島を上演する』についてお話を伺っていきます。
『福島を上演する』(2016年〜2018年)

犬飼:
「こちらも『長崎を上演する』と同じくシリーズとして、3回の公演をされています。
3回の公演はフェスティバル/トーキョーの2016年、2017年、2018年で上演をしていて、いちど試演会を挟んでいて、これは立教大学のロフト1でやられています。
試演会で上演された戯曲も、次の2017年の『福島を上演する』で上演をされているので、」
松田:
「試演会したっけ?」
犬飼:
「しているみたいです。」
西山:
「(戯曲は)何をやってるんですか?」
犬飼:
「試演会の中では、「磐越東線、いわき行き」「点字図書館にて」「イオンシネマのベンチにて」「北白河宮家和子さま、道の駅「よつくら港」来訪のこと」 の4本を。」
松田:
「お客さん入れてやったんだっけ。」
犬飼:
「お客さんも入れてやっていたと思います。僕は行ってないんですけど。
フェスティバル/トーキョーの2016年〜2018年でやられていた3公演が『福島を上演する』の上演ということになるんですけれども。」

犬飼:
「こちらも前回お話した『長崎を上演する』のスタイルを継承してというか。まず戯曲を書く作家の方が実際に取材に行って、そこで受けた印象や出来事の、インスピレーションを受けて戯曲を書いて、劇場空間で上演する。そして、その上演では基本的には素舞台、マイム。普段着の俳優が上演するという形なんですけども。
こちらはどうしましょう。3回の公演に区切って話していくのが話しやすいのか、まとめちゃう方がいいのか。」
松田:
「まあ、どちらでも。」
犬飼:
「分けていきましょうか。戯曲もそれぞれ違いますし。2016年が11月17日から20日。場所が、にしすがも創造舎の体育館ですね。」
松田:
「はい。」
犬飼:
「広い場所で4日間の上演があって、戯曲の数でいうと 21本の戯曲があるんですけど。」
松田:
「4日間で4公演ですか。」
犬飼:
「4公演ですね。」
松田:
「毎日1回しかやってない?」
犬飼:
「そうだと思います。そして、戯曲を上演するのは1回きりという。」

松田:
「そうですね。」
犬飼:
「それも、ルールとしてありましたよね。ちなみにどうしてなんですか?戯曲を1回しか上演しないというのは。」
松田:
「戯曲をたくさん上演したかったっていうのがあるし。その時よく言ってたのは、町に訪れると、イベントは1回しかないから。イベントというか、出来事は。」
犬飼:
「一回性というか。」
松田:
「一回性ですね。ずっと観てもらってもいいし。そんな人あんまりいなかったけど。中にはいたかもしれないけど。1日だけ見ても、それで大丈夫だっていう。」
犬飼:
「毎日演目が変わるということですよね。」
松田:
「はい。」
犬飼:
「演劇の公演は同じものが上演されることが(当たり前)。だから、観に行った人が「あの公演面白かったよ」って言って、評判で観に行くと、当然同じ演目がかかってるけど、この上演形式だと次の日に行ったら全く別の戯曲が上演されているということなんですよね。」

松田:
「そうですね。」
犬飼:
「松田さんがどこか書いてたのかもしれないんですけど、見れないものがあるっていうことも大事だったという話。」
松田:
「はい。そうね。」
犬飼:
「これに関してはこれまでずっと、」
松田:
「そうね。ずっとそういうことを言ってきたんだね。」
犬飼:
「前の段階から、そういう話はありましたよね。すべてが見渡せないというか。もちろん今回はすべて観ようと思ったら観れるんでしょうけど、毎回来る人も(少ない)、全員がそうするというわけではないでしょうし。」
松田:
「でも、俳優は限られてるから、大変だったろうなと思いますけど。」
犬飼:
「毎回演目が変わるわけですもんね。」
松田:
「大変でしたか。大変でした?」
西山:
「めっちゃ覚えたような気がしますよね。めっちゃ覚えて。毎回そうだったわけじゃないと思いますけど、一番大変な時は、稽古1回か2回ぐらいで本番みたいな時とかあった。」
松田:
「それは次の年(2017年)のやつかな。」

西山:
「そうかも。そうですね。1年目じゃない気がします。」
松田:
「大量にありましたから。」
松田:
「3年目も多かったけど、」
西山:
「3年目も多かったような気がする。
だから長崎の時は〈疎か〉をいろいろな線の引っ張りで〈疎か〉にもっていってたけど、福島は構造的に疎かになる。1回目の「バンッ」(合わせ)みたいなのでやる楽しさが。」
松田:
「怖いでしょうね。」
西山:
「怖さも。うん。」
犬飼:
「上演は1回しかないってことですもんね。」
西山:
「そうですね。めっちゃミスして、1回しかないの辛かったですね。めっちゃミスして、次の日あったらいいけど、その情景はその1回しか起こせないから「クー」(悔しい)みたいな。」
犬飼:
「全部話した後に聞いた方がいいかもしれないですね。多分、記憶がごちゃごちゃになると思うんで。どの戯曲がいいとかっていうのも、何年目のかわからないかもしれない。」
松田:
「全部で何本やってるんですか?」
犬飼:
「ちょっと、野鳥の会がいないとカウントできないんですけど。」
松田:
「野鳥の会?」
犬飼:
「あ、僕はちなみに第1回の2016年の最終日の上演を観て、かなり衝撃というか、インスピレーションを受けたことで、その後、マレビトの会を追いかけるようになったんですけど。
この後の公演は2回ともブラックボックスというか、いわゆる〈劇場〉でやってるんですけど、今回に限って、にしすがも創造舎という体育館なんですよね。もう体育館の、」

松田:
「床の線が見えたような。」
犬飼:
「バスケットの線とか、そういったものが全部ある状態。だから、背景としてはうるさい中で、体育館然とした場所で上演がなされるんですけど、その中で戯曲の上演がなされているバランスというか、それがすごく記憶に残っていて、」
松田:
「没入できない感じでしょ?」
犬飼:
「一番没入できたのかもしれないっていうぐらい。」
松田:
「あ、逆に?」
犬飼:
「逆に。最初に僕が観たのが、山田咲さんが書かれている「福島地方裁判所」というのが第一本目に来るんですけど、裁判所のスケッチというか、かなりリアリティの高い、実際にあった会話がそのまま戯曲にされているような作品だったので、福島のそこの現場を、人物だけドラッグしてきて、体育館に置いたように見えたんです。
それは体育館という背景が際立っているからこそ、さらにそういうふうに見えたところもあると思うんですけど、本当に風景が見えた感じを受けたんですよね。だから、なかなかない観劇体験だった記憶があって。僕の個人的な印象でした。」

犬飼:
「次の回は2017年の10月7日から10月15日。シアターグリーンという、少し、」
松田:
「ちょっと小さめの場所でやりましたね。」
犬飼:
「キャパも、前回(2016年)とか、その後(2018年)よりも少ない場所でやられるわけなんですけど、戯曲っていうか、日数が多いですよね。12公演あるんですよ。」

西山:
「へえ。」
松田:
「2週間やったんですよね。」
犬飼:
「全部違う戯曲。これが多分すごく大変そうだっていうか、」
西山:
「大変そう。」
松田:
「いや、なんかそれが大事だった気がするんですよね。やっぱり。」
犬飼:
「期間も長くて。」
松田:
「うん。」
犬飼:
「期間が長くて、公演数が多いんで、前回みたいにオールコンプリートしにくいことによって、今(公演が)やってるんだろうなっていう、観れないものが多かったんですね。 そういうふうに思いました。」
西山:
「これは見たんですか?」
犬飼:
「これも2回ぐらい観てると思います。最初と最後だけ観てるんです。
最初と最後だけ観ると、全体観た気になるかなと思って。」
西山:
「へえ。」
犬飼:
「2018年が最後の年3回目ですけど東京芸術劇場シアターイーストで上演されている。これは4日間です。1日1公演で、でも1日のうちに4本の戯曲がある中で、一本の戯曲も長いものも多かったと思うんで、結構上演時間が長かった記憶が。」

松田:
「なんか休憩もあったよ。」
犬飼:
「休憩ありましたね。というような『福島を上演する』なんですけど。」
松田:
「一個一個の作品はミニマムで寸劇的なんだけど、規模は大きかったって感じはしますけどね。」
犬飼:
「すべてF/Tの中で上演されてますしね。
先ほど大変だったっていう話がありましたけど、覚えているエピソードとかありますか。
大変そうでしたよね。バミリ(役者の立ち位置を示す舞台上の目印)がめちゃくちゃあったようなイメージがありました。」
西山:
「うんうん。」
松田:
「でも毎回変えてたわけだよね。」
西山:
「毎日、そうです。 今日のバミリは取っていいとか言って、やってた気がする。」
松田:
「バミリは必要なの?必要だからつけてんだよね。」
西山:
「はい。」
犬飼:
「2年目のシアターグリーンでの上演の時に、バミリの数えぐいなって思いました。」
西山:
「シアターグリーンの時の(2017年)を観た人にちょっと聞いてみたい。
最初は、ロフト1(立教大学)はすごく広いんですけど、そこで始めて、さっき言ってたみたいに、(物語上の)場所が(劇場に)移動してくるみたいなことが、自分の体感だとメインであって。にしすがも創造舎(2016年)は大きい空間で、東京芸術劇場(2018年)も大きい空間で、スカッとした空間になにかを詰めるイメージがあったんですけど、狭いとこ(シアターグリーン)に行って、それが大変になって。」

西山:
「(以前は)空間を見てもらう感覚があったんですけど、狭いところに行くと、その感覚だと難しいかもと思って。でも公演の回数が多かったりもあって、微調整ができなかったような記憶があって。見てもらうことと空間との関係を、狭いとこでやるためのかたちでやりたかったなって思ってて。 それで、今度SCOOLで(新作を)やるじゃないですか。」
犬飼:
「新作公演を?」
西山:
「新作公演を。今はプレ稽古だけしている状態なんですけど。その中で空間を見てもらう系ではなさそう、みたいな感触だけあって、でも物語をお客さんと手を繋ぐ時に何で手を繋げるかっていうのが、また『(長崎/福島を)上演する』シリーズとは違うんですけど、狭いところで観た時どうだったのかなって。」
犬飼:
「確かに、体育館、狭めの劇場、広めの劇場で観たので、ぜんぶ違った観劇体験なんですけど。2年目の狭いシアターグリーン、いや狭いって言っても、」
西山:
「確かに、狭くないですけどね。実際は。」
犬飼:
「狭い場所になると、俳優の身振りに視点がいくのが僕の印象でした。空間が開けていると、スペースに視点がいくんですけど、(狭い場所だと)どういう振る舞い・身振りをするか、人の動きの方に注意がいくので。
おそらくなんですけど、2年目の時って、感想だったり批評だったり、ツイッター上での感想だったりを見ると、身振りに対しての注目が多かった記憶があるんですよね。だからやっぱりそういうふうに見えるんだろうなと。どういうふうに動くのかというところに注目がいくんだなって思った記憶があります。」

犬飼:
「なので、先ほど言ったように、1年目の時に福島の地方裁判所の様子をドラッグして体育館に置いたように見えたというのは、空間を見てたんだろうなと思ったんですけど、そういう見方ではなくなる可能性はあるなと思ってます。」
西山:
「狭いと、この距離感(近い距離)で、福島からドラッグされてきたと信じられるのって結構な(難しい)ことっていうか。この(近い)距離でそれを信じさせられるのと、10m先でそれを信じさせられるのって、なんか違うなと思って。狭いならでは、私、今ここにもいるんですけど、違うこともやってますみたいなのをやんなきゃいけないんだろうなってなんとなく思うんですけど。それは新作の方の話かもしれません。」
犬飼:
「キャラクター度は高まるのかもしれないです。人物への想像力。それこそ身振りへの注目が集まるってことは、個人への注目が集まるってことなので、その人がどういう人となりかをよく見るようにはなるとは思うんですよね。
風景を見るというよりかは、人となりを見る視点の当て方になるっていうのは思いましたね。2年目の時は。」

犬飼:
「戯曲の話をすると、こういう戯曲あったよな、みたいなのはありますか?」
三宅:
「劇作家のメンバーが一部変わって、コントをやられてる神谷圭介さんとか。映画を撮られている草野なつかさん、山田咲さんとか。映画のシナリオを書かれている高橋知由さんが参加されたっていうのは、『長崎(を上演する)』とはまた別の形かなと思います。」

犬飼:
「確かに、演劇をフィールドにしていない人も、参加しているということですね。」
三宅:
「はい、そうですね。」
犬飼:
「戯曲の書き手がバラエティに富んでいる、という。」
松田:
「そうですね、はい。」
犬飼:
「実際に、皆さん福島に行かれて、ですよね。」
三宅:
「そうですね。」
犬飼:
「何日間かいるんですか?」
松田:
「それもバラバラだった。」
犬飼:
「ああ、そうなんですね。」
三宅:
「ですね。」
犬飼:
「三宅さんの「蚊」っていう戯曲が2本あると思うんですけど(※ 正しくは4本)。一瞬で終わる。「蚊がいそう」って言って「蜂だー」っていう。一瞬で終わる戯曲もあったりとか。この形式を遊んでいる感じの戯曲も見た気がします。」

三宅:
「『長崎(を上演する)』よりも『福島(を上演する)』の方が、私の場合ですけれど、回を重ねて、同じ形式でやったっていうのもあって、テキスト的な実験とかもできたらいいなっていうのはあったのかもしれないですね。ただ最終的な3年目になると、みんなしっかり長いものを書いてたりするんで。示し合わせたわけではないんですけれど、今回に関して。」

犬飼:
「最後の3年目の戯曲は長くて、ストーリーの面が強いものが多かった感じでしたよね。」
松田:
「そうね。」
犬飼:
「生実さんは、戯曲じゃないにしろ、なんでもいいんですけど、記憶に残っていることあります?『福島を上演する』では。」
生実:
「1年目の三宅さんの書いた「パティオ」。よかったっすけど。」
犬飼:
「よかったですか。1年目は「パティオ」で最後(最終日)終わってますよね。」
三宅:
「この「パティオ」は、福島に映画館があって、その近くに実際にあった、道沿いにあるマンションみたいなところ。中には入ってないんですけど、単純に外観だけ見て、パティオがあるなって。それで、こういう戯曲を書いた覚えがありますね。」

犬飼:
「マンションなんですか?パティオって。」
三宅:
「そうですね。中庭のある、ちょっとこう、広めの集合住宅みたいな感じでした。」
犬飼:
「それを戯曲にしようと思ったわけですか。」
三宅:
「そうですね。とくに何も考えてはなかったんですけど、本当にたまたま通った場所をモチーフにして描いたっていう感じでしたね。」
犬飼:
「松田さんはどうでした?」
松田:
「でもやっぱり、それまではお金を取ってなかったからね。『長崎を上演する』って。」
犬飼:
「ああ、そうなんでしたっけ。」
松田:
「初めてお金を取ったのは名古屋の公演だったけれど、東京の大きな劇場で(上演する)っていうのはあったね。
本当にいいのかなみたいな。このスタイルで本当に大丈夫かなというのを試された3年間だった気はしますけど。でも徹底して、とにかく3年間、私たちのスタイル、さっき言ったやり方だけど、それを世の中に問題提起した感じはありましたけどね。」

松田:
「それまで、毎回毎回スタイルを変えてきて、いろんな方法を試して、最後は路上まで行って。そういうコンセプチュアルな、もちろんコンセプチュアルなところも『福島は上演する』にもないことはないですけど、でも、もうちょっと演劇の本質的なところで演劇をつくったって感じは(あった)。3年間スタイルは変えなかったんで。」
犬飼:
「そうですよね。」
松田:
「その後、コロナになるわけですけど。その後、マレビトは上演してないんですけどね。
でも僕が一人で何回か上演した時のスタイルは、やっぱり『長崎(を上演する)』から続く6年間でつくったスタイルをそのまま応用している感じですけどね。」
犬飼:
「このやり方がしっくりいっているみたいな?」
松田:
「6年間はしっくりしたなっていう。」
犬飼:
「そうなんですね。」
松田:
「6年間はしっくりきましたねって感じで。でも最初からそうだからね、」
犬飼:
「最初からそう?」
松田:
「まあ、ちょっと微妙に違う、微妙に違うって変だけど、最初の『長崎を上演する』の1年目から大きくは変わってないわけですよ。」

犬飼:
「あ、じゃあもうかなり前、2013年でしたよね。」
松田:
「うん、だから13年から18年までは、6年間は、この形式がおのずと必然的に出てきた感じですかね。」
犬飼:
「なるほど。」
松田:
「その間に自分も演劇論っていうか。「出来事の演劇」とか「体(てい)の演劇」とか、自分なりに演劇についてよく考えた6年間だったなって気はしますけどね。
想定してるのは、基本的には目の前に現前している人が、もう一個の場面にいながら場面をつくるっていうか。演劇の場面がどう構成されているのかっていうと、目の前に俳優はいるんだけど、実は違うところにいる、違うところっていうのはフィクション上の場所ですけどね。だけど、目の前にもいるっていう。この浮遊感、宙吊り感みたいなものを、まあそれを今まで目指してたんでしょうけど。実験的なことをやってた時はね。」

松田:
「だけど、一番それが如実に(なった)。それはもう一回ドラマ演劇を考えることに戻ったからだと思うんですけど、演劇ってなんだろうってことを考えて、一番純粋に出る方法はそういうことだったんやっていうのが分かってきたって感じでしたね。
申し合わせて、みんなが今ここの身振りにそぐわない身振りをしたら、おのずとその身振りの場所に行っちゃうみたいなことですかね。身振りって演技っていうことですけど。」
犬飼:
「例えば、マレビトの会で上演された後に、松田さんが演出として松田さんの戯曲をやられる機会が数回、ロームシアターだったり、座・高円寺であったと思うんですけど、その時に、舞台セットをしっかり組んだものを上演する可能性はあったんですか?」

松田:
「なかったです。それは僕は拒否した。拒否するっていうか、そうじゃないものをやりたいって言ってて。ただ6年間の中で自分の戯曲が書けてなかったんで、もちろん短編は書いてて、一番長くて1時間くらいの短編を書きましたけど、もう少し長いものを書きたいって思ってはいたんですよ。その前からも書いてないわけですよね。戯曲。」
犬飼:
「ああ、『アンティゴネー(への旅の記録とその上演)』だったり。」
松田:
「そうですね。その頃は書いてないから。その場その場で合わせるようにして書いたのはありますけど。戯曲書きたいなと思うようになったんですよ。」
犬飼:
「でも、上演形式としては今までの演出スタイルで上演されることを想定した上で、戯曲を書かれたってことなんですかね。」
松田:
「それいつの話?」
犬飼:
「最近の、」
松田:
「最近のやつ?そうですね。」
犬飼:
「なるほど。」

松田:
「それで。 『グッドモーニング』っていうのをマレビトでやろうとしたら、頓挫したんで、コロナで。それは3時間ぐらいあったんですよ。3時間半ぐらいね。」
犬飼:
「2回くらい公演機会があって、両方ともコロナでなくなったんでしたっけ。」
西山:
「あ、そう、愛知も」
松田:
「愛知もあったからね。」
犬飼:
「公演する機会が2都市あったけど、両方ともコロナで、」
松田:
「そうそうそう。」
犬飼:
「それはもう一度上演することはないんですか。」
松田:
「まあ話があれば。」
犬飼:
「『グッドモーニング』という作品が上演されたらいいですよね、本当に。」
松田:
「うん、戯曲はありますよ。でもどうだろう、まあ、うん。」
犬飼:
「そのあと長編というか、戯曲を何本か書かれていると思うんですけど、この『福島を上演する』は、皆さんそうですけど、かなりスケッチというか、短いもの、寸劇的なもの、こういったものが多かったんですけど、これの魅力もあると思うんですよね。」

松田:
「そうですよ。」
犬飼:
「軽いというか、いい意味で軽いんですけど、すごい好きな戯曲が何本かあって、」
松田:
「そして、そのまま違う世界に移行するのが、同じ場所(舞台)で、移行していくのがいいなと思って。
暗転で切るわけじゃなくて、照明を変えるわけでもなく。微妙にはもちろん変わってるんですけど、その技術はまたすごかったですけど。」
犬飼:
「この頃の軽さというか、演劇としての軽さ。」
松田:
「そうですね。〈寸劇性〉って僕らは言ってましたけど。」
犬飼:
「この形式じゃないと生まれない戯曲もあるんだろうなとは思いました。「見知らぬ人」という戯曲。」
西山:
「あ、私も大好きです。」
犬飼:
「松田さんが書いた戯曲ですけど、家に知らない人がいる。なんかわかんないけど、気がついたらいる人とか、不思議なものを呼び込めるスタイルではあるなと。」

西山:
「あれ、上演観ました?」
犬飼:
「上演は観てないんです。」
西山:
「上演の時、大爆笑でびっくりしました。ああ、そうなんだ、そう見るんだ、と思って。」
松田:
「どういうこと?」
西山:
「笑う戯曲だと思ってなかった。」
松田:
「そうですよね。僕もそう思ってなかったです。びっくりした。」
犬飼:
「あ、そうですか?」
西山:
「大爆笑でした。」
犬飼:
「いちばん大爆笑を掻っ攫ったのがこれですか?」
西山:
「意外っていうのを含めて、すっごい覚えてます。」
犬飼:
「ああ、なるほどなるほど。」
西山:
「どっちかというとシリアスに捉えてたから。」
犬飼:
「確かにお話としては、後半シリアスっていうか、死んでしまった人の話。」
西山:
「なんですよね。」
西山:
「確かにね、何にも明かされてなくて、素舞台で、裏切られるから、それは面白いよなって思ったんですけど。」
犬飼:
「『福島を上演する』ということなんで、いろいろな考えとか思いが巡るものなんですけど、笑いも含めてなんですけども、とくに3年目の公演で思ったのが、3年目ってちょっと重い話も多くて、死とか病とか老い、こういったものが描かれているものが多い。
全体を通してそういうものはあるとは思うんですけど、これと笑いも共存して描かれているのが、すごく貴重な機会だなと思ったんですよね。
人間の生きている世界は、そういうものが全部共存しているようなものではあると思うんですけど、そういったものがスケッチというか、このような形式だと、本当にカラッと描けるんだろうなと、そういう印象を抱きましたね。」

犬飼:
「だから、物語の中でこんなに気持ちよく〈死〉〈老い〉〈病〉が描かれるって、なかなか(ない)。だから心地よいって思ったんですよね。
さらに〈笑い〉というのもそこに含まれて、貴重な経験だよなというか、こういう演劇の形式は、やっぱりいいものだなって思いました。
〈死〉っていうのは、お話の中では劇的に描きやすいものですけど、〈老い〉とか〈病〉との距離感が、マレビトの会のこの上演でしか見られない感覚っていうのがあるんですよね。」
松田:
「うん。 まあでも、そうね。」
犬飼:
「乾いているというか、日常的に受け入れているというか。」
松田:
「確かに。『長崎(を上演する)』の時よりは暴力とか、もちろん『長崎を上演する』のなかにもあったけど。
とくに3年目は冒頭が僕の作品だったけど「父の死と夜ノ森」っていう作品は、そういう意味ではトライしたっていうか、フィクション性が高かったですね。そういう事件が別にあったわけじゃないし。殺人を如実にそのまま描くっていう。」

松田:
「もうちょっとスカして、スカすっていうか、軽く、暴力的なことは(舞台の)外でおこなわれて、目の前ではあんまりないっていうふうに。でもこの形式だとやれるかなっていう気もしてたんですよね。あるいは火事であるとか。
それを徹底的にやったのは、まあこの間の高円寺(座・高円寺)でやったもの(『東京トワイライト ー強盗団と新しい家ー』)とか、割とそういう。」
犬飼:
「暴力的な表現?」
松田:
「暴力的な表現をやらないと、世界と拮抗しないかなっていうのは、だんだん思うようになってましたんで。」
犬飼:
「なるほど。」

松田:
「世界と拮抗っていうか、なんだろうな。でも、そういう直接的な表現をしないために、こういう形式をやり始めたはずだったんだけど、なんかむしろそれが直接的にやれるっていうか。
例えば「追悼施設にて」とかは、巨大な死の経験みたいなものが、何十年も前に原爆があって、その追悼をしている人たちを描くっていうことと、『福島(を上演する)』で3年目にやった殺人自体を、2回か3回ぐらい殺人シーンと放火シーンも出てくるけれど、描く内容も、今考えてみたら極端だな、振れ幅があるなっていうのは。」
犬飼:
「戯曲が複数あることによって相対化されるっていうのも。そういったものが配置しやすいというか、その他のものと並べて見ることができる効果もあるし。」
松田:
「まあ、そうですね。」
犬飼:
「他になにか、『福島を上演する』について。」
三宅:
「『長崎(を上演する)』と『福島(を上演する)』で違う点で、表面上はあんまり変わらないんですけど、プロジェクトメンバー制を『アンティゴネー(への旅の記録とその上演)』と『長崎(を上演する)』では採ってたんですけど、『福島(を上演する)』から作・出演みたいな形で、クレジットを分けるようにはなったのは、一つ大きな違いかなとは思います。」

松田:
「え、どういうこと?そうだったっけ?」
三宅:
「そうです。」
松田:
「プロジェクトメンバー制は、どこでやってたんだっけ。」
三宅:
「『長崎(を上演する)』まではプロジェクトメンバーだったのかな。」
松田:
「それで『福島を上演する』の3年間は俳優と演出部と戯曲とが分かれてたってことですか。」
三宅:
「はい。そうなったんじゃないかなと思います。」

松田:
「いや、そうかも。」
三宅:
「はい。」
犬飼:
「なるほど。役割分担がはっきりしたと。」
三宅:
「はい、そうですね。プロジェクトメンバー制がなくなったっていうんですかね。」
犬飼:
「プロジェクトメンバー制というのは、何を担当したのかがはっきりと書かれていない。」
三宅:
「書かれてない形での、」
犬飼:
「『崖の上のポニョ』の最後の(クレジット)みたいな?」
松田:
「そんなのあるの?」
犬飼:
「〈関わった人〉っていう感じですかね。」
三宅:
「そうだと思います。」
犬飼:
「これはどういう意図があったんですか?」
松田:
「プロジェクトメンバー制ってやってたっけ?」
犬飼:
「プロジェクトメンバーってクレジットされてました。『アンティゴネー(への旅の記録とその上演)』もそう。「マレビト・ライブ」くらいからかもしれないです。」
松田:
「あ、そっか。その中でも担当は決まってたけどね。誰が、たとえば、キャスティングとかしてたっけ。みんなで決めたよね。」
三宅:
「そうですね。演出、担当する人が会議を開いて、順番とか、誰をキャスティング、」
松田:
「演出部ってちなみに何人ぐらいいるんですか?」
三宅:
「『長崎(を上演する)』?」
松田:
「いや、『福島(を上演する)』、たとえば2018年とかは。」
三宅:
「『福島(を上演する)』(2018)は、関田(育子)さん、寺内(七瀬)さん、松尾(元)さん、松田さん、私、山田(咲)さんなんで、6人ですね。」
松田:
「これに、戯曲の書き手は参入しないんだっけ。」
三宅:
「基本はしてなかったと思います。はい。」
松田:
「でも、書いてるの(作家)は(演出部と)ダブってるよね。」
三宅:
「そうですね。」
松田:
「僕と山田さんと三宅くんが書いてた。」
三宅:
「そうですね。」
犬飼:
「演出も分担制だったんですか?」
松田:
「でも、最初の設定だけいろいろ合議制なんだけど、演出をワーってやるのは僕がやってましたけどね。」

犬飼:
「『福島を上演する』ってマレビトの会の活動では一番最近のものと言ってもいいのかもしれないですけど、だから、いろいろな場所で批評だったり話題に上がったりすることも多いと思うんです。だからいろいろな場で語られているとは思うんですが。
振り返ろうと思ったらいくらでも振り返れちゃうものだと思うんですけど、なにか西山さん、生実さんどうですか。追加で言い忘れてたみたいなことありますか。」
西山:
「私はないです。さっき結構喋りました。」
犬飼:
「だから、会場が変わったことによって、演技の仕方も変わったりとかして、そういったところも。」
西山:
「そうですね。なんか内側と外側の、統合し方を考え中です。今も、って感じです。」
犬飼:
「生実さんは記憶に残っていることとか、言い忘れたことあります?」
生実:
「いや、大丈夫です。」
犬飼:
「なんかあの一つだけ。じゃあ今パッと思いついたものとか。」
松田:
「「ヒミツホテル」とか。」
犬飼:
「なんですか、それ。」
西山:
「「ヒミツホテル」。戯曲。」
松田:
「山科(圭太)くんとのやりとりをいま思い出した。」

生実:
「シアターグリーン。」
西山:
「あ、そうだ。2年目かな。」
松田:
「何作品やったんやろうね。」
犬飼:
「ちょっと数えきれないかも。」
三宅:
「65ぐらいだと思います。」
松田:
「3年間で。」
三宅:
「はい、3年間で。」
西山:
「再演したいやつとかあるんですか?」
松田:
「でも学生と何回かやったことある。「パティオ」は必ずやってた。」
西山:
「「パティオ」は面白いです。ジュース飲んでますよね。」
松田:
「それと、草野(なつか)さんのあれも良かったね。」
西山:
「車乗るやつですか。」
松田:
「車乗るやつも良かったけど、ファミレスで高校生とお母さんがいて、その近くに なんか、なんとかさんの受難(「守山さんの受難」)っていうんだけど、」

犬飼:
「なんか見た記憶があります。」
西山:
「なんとかさんの受難。」
犬飼:
「二年目の最初の時にやったやつ?(※ 正しくは最終日)」
松田:
「面白かったね。あれも学生とやったりしますね。」
西山:
「マウンテンデュー(「広告を出したい男」)はやらないんですか?」
松田:
「マウンテンデュー。あ、やったやった。一回やった。」
西山:
「神谷(圭介)さんの。めっちゃ面白い。」
三宅:
「「守山さんの受難」。」
西山:
「あ、「守山さんの受難」。」
犬飼:
「本当に(戯曲の)数が多いんで。」
松田:
「すごいね。」
犬飼:
「僕、あの、和子様のお話も好きです(「北白河宮家和子さま、道の駅「よつくら港」来訪のこと」)。」
西山:
「ああ。」
松田:
「そんな、なんかね。」
犬飼:
「高貴な方が、道の駅を来訪して見学されていくという話。」

松田:
「年末に「72時間」をみんなで思い出すような感じですね、今。「72時間」と似たとこあるよね。」
犬飼:
「「72時間」ってドキュメント?」
西山:
「なんですか?」
松田:
「ドキュメントの「72時間」をさ、ベストテンをつけたりするでしょ。」
犬飼:
「参加者の人たちで、ベストテンを発表するっていうのをやったらいいんじゃないですか。」
松田:
「それはあんまりやりたくないです。」
犬飼:
「やらないんでしょうね。ずっと。
この戯曲もすべてマレビトの会のサイトからダウンロードもできるし、読めますので、今出た話を足がかりにして、いくつか見てもらうといいですよね。ということでよろしいですかね。『福島を上演する』を振り返りましたけど。」
松田:
「そうですね。」
犬飼:
「はい、ということで、まだまだ続きます、この振り返りは。次は振り返りというか、未来のことになっちゃうかもしれないですけど。どうもありがとうございました。」
マレビトの会 新作公演

『皿の上の見えない人間 Invisible woman on the plate』
日程|2026年3月19日(木)〜 22日(日)
会場|SCOOL(東京・三鷹)